金沢、つくるプロジェクト01「作家のひと匙」
第3回セミナー「新たな食の魅力を発信する企画・商品開発」/ 丸山明子さん

その他

2023.04.20

互いに切っても切れない「工芸」と「食」の関係性。食は時に工芸の魅力を体験的に展開してくれる、力強さを持ち合わせています。2022年 11月4日に開催された「作家のひと匙」第3回セミナーでは、食を軸にした商品開発やブランディングに携わる、プロジェクトマネージャーの丸山明子さんを講師にお迎えしました。
質量ともに、飲食を中心としたブランディング・マネジメントのトップランナーの一人である丸山さんのお話をうかがいながら、食が提示できる工芸の可能性/工芸からの積極的なアプローチの必要性など、その接点を模索します。

<PROFILE>
丸山 明子氏/ 武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒、 アトリエ系設計事務所勤務ののち、フリー ランスを経て 2015 年よりトランジット ジェネラルオフィスに入社。レストラン開発を中心に様々なブランディング / プロデュースを行う 「Transit Branding Studio 」にてプロジェクトに関わる全ての事柄の監理・ディレクションを担当。 全国各地で体験した膨大な食べ歩きアーカイブを生かした企画、各種商 品開発、前職の経験を生かした設計デザインに関わる業務や、VMDなどのスタイリング、テーブルコーディネートまで幅広く活動する。

領域を横断する “一貫した旗振り役”

前半は丸山さんが所属する「TRNSIT GENERAL OFFICE」が手がけた事例紹介から。飲食を中心とした企画・プロデュース、実店舗の運営などをトータルで行っている同社。様々な場づくりの専門家集団として、食やアート・デザイン・ファッションなど領域を横断しながら事業展開をしています。これまでにプロデュースした案件は、飲食店の他、ホテルやオフィス、レジデンス、鉄道から地域活性の場など多岐に渡り、自社運営する実店舗も約120店舗にも及びます。

コンテンポラリーレストラン「THE UPPER」や「NINE」(こちらの空間には工芸ディレクター・原嶋亮輔さんがデザインしたテーブルが使用されています)、コロナ禍でも集客が落ちるどころか増加したという湘南のカフェ「Pacific DRIVE-IN」、アウトドアサウナやワーケーションを取り入れた八ヶ岳のキャンプ場「FOLK WOOD VILLAGE」、南青山の広大な敷地にある「SHARE GREEN MINAMI AOYAMA」など、同社が運営する店舗を手がけ、話題を呼んでいる事業の一例を紹介いただきました。

その他にも徳島県のゼロ・ウェイストアクションホテル「HOTEL WHY」や、マイクロ・ブリュワリー「RISE & WIN Brewing Co.」など、地域活性化に貢献する先鋭的な事業も。

「このようなプロジェクトが生まれる背景として、プロジェクトの軸を定める『ブランディング』、プロジェクトの個性を彩る『クリエイティヴ』、体験という価値を想像する『エクスペリエンス・デザイン』、ユーザーとのコミュニケーションを想像する『PR/プロモーション』などを一貫して行っている、ということがあると思います」と丸山さん。

「私が所属するブランディングスタジオには、建築やインテリア、グラフィック、フォトグラファーなど、何かしらのクリエイティブ職を経験してきたメンバーが多いです。クライアントとクリエイターの間に入ってお互いの意見を理解し、そこに新たな知見を加えて目指すべき場所に着地させていく、ということを主にしています。私自身、元々インテリアデザインの職に就いていましたが、自分がデザイナーとして関わっている時は空間的な議論はしても『プロジェクト全体を見る』ということはなかなかできません。私たちのような『一貫した・俯瞰した“旗振り役”』が領域を横断することで、各セクションの課題を擦り合わせながら目指す店づくりに必要なことを実現していくことができます」

多様なアレンジやシーンを提案し続けること

そして次に、今回のタイトルにもなっている「食」にまつわる商品開発について。最初に核となるブランドの開発と、それら同士を組み合わせた展開で新たな話題を作る食物販の開発事例を、自社の仕事から紹介いただきました。

そして、“予約の取れないフレンチ”として知られる「Sincere(シンシア)」のオーナーシェフ・石井真介氏と共同開発した、オリジナルベイクブランド「PUFFZ」での実際のリブランディングを事例に、商品開発において考慮するポイントやリカバー術をご教示いただきました。

「PUFFZ」の看板メニューであるシュークリームは、店内で焼成した生地に、オーダーが入ってからクリームを詰めるというスタイル。当初は渋谷に来る若い層に向け、買ってすぐに気軽に食べられる、ラフでポップなストリート感あるデザイン・ブランディングをしていたそう。ところが売り上げがなかなか伸びず、さらに追い討ちをかけるようにコロナウィルスが感染拡大。そこで思い切って「リブランディング」と「EC向け商品の開発」に乗り切ります。

このブランドが抱える問題としてまず挙がったのは「デザインがポップすぎて贈答用に向かない」ということ。手土産や贈答需要は、食品販売においてとても重要なポイントだからです。
そしてもう一つが「クオリティの高いお菓子にも関わらず、デザインでその魅力が伝わっていないということ」。しかし同時に、このブランドのポップさは、他と差別化する上でのアイデンティでもあるということに着目。そこでオリジナルのポップ感を生かしながらも、“良いもの感”や“シズル感”を演出するという路線を設定し、そこに合わせてパッケージやビジュアルを刷新。

またEC向け商品も、店頭での「できたて」という付加価値をPRすべく、「シューとクリームを別々の状態で発送する」というアイディアに着地。アレンジを促すプロモーションも功を奏して「自分でクリームを詰めるのが面白い」「アレンジができて楽しい」と反響を呼びます。
その成功に安住することなく、企画を矢継ぎ早に打ち出すのが丸山さんらが凄腕の所以。「おうち時間」とは別に「アウトドアスイーツ」として同商品を打ち出したり、地方の特産品やメーカーとのコラボレーションやポップアップ企画を次々とリリース。落ち込んでいた売上を、V字回復にまで導きます。

「リアル店舗とECを相互利用して、多様なアレンジや利用シーンを提案・発信し続けることで様々な機会が生まれ、多方面への販売・認知に繋がります」と丸山さん。

領域を横断した工芸の「取り入れやすさ」

後半は、会場からの質問などを交えながら、工芸ディレクター・原嶋さんとのクロストークです。工芸作家、飲食関係者、デザイナーなど、様々な視点からの質問が飛び交います。

Q.様々なお仕事を経験する中で、「工芸があるといいな」と思う空間・シーンがあれば教えてください。

丸山:レストランであったりホテルであったり、「装飾的なものが必要とされる空間」であれば可能性はいくらでもあると思います。
私たちが以前原嶋さんにレストランのインテリアをお願いしたのは、原嶋さんの作品が「工芸であり、家具でもある」という、領域を横断している存在だったから。だからインテリアデザインの一つとして、とても取り入れやすかったですね。

Q.その場に必要な要素は、どんなところから考え始めますか?

丸山:考え始めるところはいつもバラバラですが、「絶対この場所にはメインになるアートが欲しい」と思えば、早い段階から作家さんをリストアップして交渉し、まず作品を決めてからその他を決めていくこともあります。

原嶋:それが「工芸」の作品から始まることもありますか?

丸山:アートを中心としたプロジェクトはありましたが、工芸はまだあまりないですね。器などであれば、小規模なお店で「この人の作品を絶対使いたいから」と何年も前から予約しておくことはありますが。大型店だと、食洗機にかけるので作家さんの作品はちょっと難しい。本当はもっと工芸品を使いたいけど、現場サイドから「壊れるから」とNGが来ることが多いんです。

原嶋:普段から工芸系のフェアを見に行ったりもするんですか?

丸山:フェアに足を運ぶことは少ないですが、みんな普段からS N S等で情報収集はしていますね。

Q.プロジェクトで作家ものを扱う場合、デザイナーが作家を探してくるのですか?

丸山:プロジェクトの方針が見えてきたら、そこに合いそうな方を、普段お付き合いのあるアーティストさんの中からお声がけしてチームを作っていくことが多いですね。もちろん新しいアーティストさんでも良い方がいらっしゃればお声をかけることもあります。

Q.ブランディングに必要な市場調査は自社でされていますか?

丸山:外注は全然していないです。「マーケティング会社」というものを、あんまり信用していないので(笑)。私たちは自分たちの感覚を頼りに決めています。「今まちがどうなっているか」といったことは、普段から街の人たちと交流していたらリアルな感覚としてわかるので。

Q.各事業はどれくらいのスパンで見直していますか?

丸山:決まったスパンはありませんが、だいたいは売上の推移で判断しています。ただ売上だけではなく、自分たちのPRになるような事業もあるので、様々な評価軸や状況によって決めています。

原嶋:結果というのを、どの段階で「結果」と判断するかというのも一つありますよね。先ほどの事例のように、売り上げが悪かった商品をテコ入れして回復するケースもあるので。

Q.アーティスト自ら売り込みに来ることはありますか?

丸山:あまりないですね。イラストレーターさんで、自らポートフォリオをメールで送ってきた方はいらっしゃいましたが。メールだと、割と見てもらいやすいのではないでしょうか。

原嶋:僕もテーブルを丸山さん達のお店で使っていただいたけれど、それは少し前に知り合いになって東京の個展を見てくださって、「こういうことをしている」ということをなんとなく知ってもらっていた、ということが一つあると思っています。その辺りにも「作家の可能性」があるのではないかと思っていて。
ポートフォリオを見せて「そこに載っている商品を買う」という形じゃなくても、「自分はこういう表現ができるんで」ということをプレゼンテーションしておくことは大事なのかなと。そしたら、「ひょっとしたらこういうことできるかも」って尋ねてもらえる可能性がある。その時どう対応するかは作家側の問題であって。もしその時自分ができなくても、横の作家をつなぐことだってできるかもしれない。

工芸側からも、もっとアプローチを

原嶋:今回「工芸と一緒にやりました」という事例はなかったけれど、飲食との可能性はやはりあるなと感じました。食器に限らず「しつらえ」という意味でも。「一緒にやる」という意味では。もっと工芸側からアプローチしてもらってもいいのかなと。

丸山:以前、自分たちの欲しいものが見つからなかったことがあって。なので、作家さんに作っていただいたんです。その時は、自分たちが調べられる範囲で見つけてきた人の中でお願いしました。私たちも常に工芸を見ているわけではないので「どういう人がいるんだろう」と見えていない部分も多いので、工芸に詳しい人にアドバイスしてもらいながら辿り着いた感じです。

原嶋:そういう意味では、最近はSNSもやっぱり効果的なんでしょうね。

丸山:そうですね。「いいな」と思う作家さんは私たちもチェックしているので。実際に「使いたい」と思ってから探すと時間かかるので、ある程度普段から「こういうタイプの作家さんがいる」ということは各自チェックしています。

原嶋:作家側からしても、「そういう人達がいる」ということを意識して発信していく、ということもあるのかもしれませんね。
例えば、今僕が新しく出そうとしている作品は、「対応力のある」というか「求められたものに対応できる」という柔軟性を作品の中にちょっと入れたものをアイディアとして作っています。よりプロダクト的だったり「そういう仕事が欲しい」という場合は、発信の仕方を意識しても良いのかも。発信する側として「何を大事にして発信するか」ですよね、もちろん「常に発信している」という「量」も大事でしょうし。

Q.お店では食とからめて工芸品の物販などはしていますか?食事で使われるシーンが提案されていると、「欲しい」という気持ちにつながるように感じます。

丸山:今のところ、自社で工芸品の販売はしていません。けれど、面白いことができそうな気はしますね。商品と「それを食べるための専用の何か」とか、「イベントで使用した食器をお持ち帰りできます」だとか。
そういう開発ができたら面白いかもしれない。それはまさに「作家のひと匙」プロジェクトでされようとしていることかもしれませんけれど。何か可能性は広げられそうですよね。

質疑は尽きない中、時間が迫っての閉会となりました。 情報過多な時代に置いて、生き馬の目を抜く飲食業界のプレーヤーの目に止まるよう、「アプローチされるのを待つ」だけでなく、工芸側からも「食への熱烈なアプローチ」の必要性を感じた今回。「作家のひと匙」プロジェクトにも還元できるものがありそうです。
丸山さん、ご参集くださったみなさま、お忙しい中ありがとうございました!

(取材:202211月4日)

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