インタビューvol.8 「Tone」竹村友里さん、熊崎杏香さん

インタビュー

2023.04.24

作家表現と鋳込み成形の可能性に挑む。ギャラリー発のプロダクトブランド

2023年5月3日より「銀座の金沢」で、「Tone(トーン)」というテーブルウェアを中心とした陶磁器ブランドの展覧会「雲語る街」が開催されます。このブランド、製品の姿形もさることながら、その制作スタイルも実にユニーク。陶芸作家・竹村友里さんがアートプロデュースを務めるプロダクトラインであり、金沢のギャラリー「creava(クリーヴァ)」のオリジナルブランドとしてリリースされています。
普段は一点ものを手がける竹村さんが、あえて「プロダクト」に挑戦した理由や、またその複雑な造形の製品化を可能にしたユニットパートナー・熊崎杏香さんの存在など、お話をうかがってきました。

Toneが手がける「雲語る街」シリーズ

作品に宿る有機性とデザイン性

どこか雲や風を思わせる、ふくよかで有機的な造形。「生き物や風景、あらゆる自然物からインスピレーションを受け制作しています。自分自身が“心地よい”と感じる、その感覚を表現したい」と語る、陶芸作家・竹村友里さん。
普段は手捻りで制作しているため、その作品は“一点もの”。しかし同時に、丁寧なモデリングと磨きの作業を重ね“手あと”を感じさせない彼女の作品は、「工芸とデザインの魅了を兼ね備えている」と評価されることも。

生命力ある造形で人気の竹村さんの作品。/ 盌「偕樂」(わん かいらく)
竹村友里さん。creava内にある自身のアトリエにて

彼女の作品の中に宿る“デザイン性”、また一点ものであるがゆえに、これまで限られた人々の手にしか渡らなかったという状況。「陶芸作家・竹村友里の造形性を活かしつつ、もう少したくさんの方に手にとっていただけないか」、竹村さんを長年サポートしてきたギャラリーであり、いち企業でもある「creava(クリーヴァ)」のそんな想いから、竹村さん自身がアートプロデュースを務めるギャラリー発のオリジナルブランド「Tone(トーン)」が2019年に誕生しました。
「柔らかでリズミカル、そして音楽的。そんなイメージから“Tone”と名付けました」と竹村さん。

Toneの原型となる一点もののマグカップ
歴史ある長町の街並みのなかに「atelier & gallery creava」はあります

「≠ 量産品」。あえて選んだ「鋳込み成形」

プロダクト化への挑戦、つまり陶磁器においては「鋳込み成形」への挑戦は、自身にとっても「10年以上前からずっと思い描いていた夢だった」と竹村さんは語ります。

「普段の私の技法は『同じものをつくる』ということに向いていないので、鋳込みの持つ“再現性”という側面に、ずっと魅力を感じていました。また、私自身の作風として“ピカピカに磨く”ということを続けているのですが、手捻りだと焼成の段階でどうしても“手のクセ”が出てきてしまいます。その点、鋳込みは『手のクセが取れる』というところにもメリットを感じています。さらに価格も抑えられるので、より多くの方の手に届けることができる。それは私が長年望んでいたことでした。
“プロダクト”というと『量産品』や『安い』というイメージで語られがちですが、そうではなく、実現したい作品のために、あえてToneでは鋳込みという技法を用いています」

普段は手捻りで作られる竹村さんの作品

さらに、一口に「プロダクト」といっても、複雑な造形をもつToneの制作工程はその実、かなり手作業の割合が高いといいます。「いわゆるメーカーでは作ることができないものに挑戦していますし、すごく特別感があるものだと自負しています。お客様の元に届く時にもそのことが伝われば」とcerava・ギャラリストの川岸いずみさん。

通常の鋳型で作った製品であれば、「型から抜きやすいこと」が大前提として考えられていて、シンプルなデザインになるのが一般的。しかしToneの場合は、「生命的で有機的な竹村友里の造形性を、鋳型で再現する」という出発点から始まっているので、取り組み自体が大きなチャレンジであり難しさを内包していました。

通常、鋳型を用いたカップのデザインはこのように型から抜きやすい「上勾配」なデザイン
竹村さんの有機的な形は、型的に「引っかかり」が多い

協働してクリエーションする、パートナーの存在

その難題を可能にしたのが、Toneの製品制作を担当する作家・熊崎杏香(きょうか)さんとの出会いでした。
Toneが現実のプロダクトとして世に誕生するためには、鋳込み成形を担当するパートナーの存在が必須です。プロジェクトが動き出した時、竹村さんが真っ先に向かったのは母校である愛知県立芸術大学の恩師のもとでした。
「複雑な造形を鋳込み成形で表現するには、かなり専門的な知識が必要です。また、二人で協働してクリエーションしていくものなので、やはり相性という問題も出てきます。その辺を、熟知してくださっている先生に、まずご相談に上がりました」

熊崎杏香さん。creava内工房での制作風景

そこで恩師から紹介されたのが、当時院生だった熊崎杏香さん。愛知県立芸術大学のプロダクトデザインコースで鋳込みを学び、大学院では手捻りにも挑戦していた熊崎さん。鋳込みと手捻り、どちらの特性もよく理解する人物でした。
また、瀬戸焼や常滑焼など、愛知は言わずと知れた焼物の産地。「愛知では鋳込みが主流の技法です。優れた型師さん達も多くいらっしゃるので、かなり高度な鋳込み技術を在学中に学ばせていただきました」。

そんな熊崎さんにとっても、竹村さんの造形を鋳型で成立させるという作業は「なかなか難しい挑戦でしたね」と笑顔をみせます。「普通のシンプルなカップなら、型から抜けばほぼ完成です。でも竹村さんの作品の場合は形が複雑なために、『割型』の数も多くなります。引っかかりが多いですし、厚みも均一ではないのでヨレやすい。『どうやったら抜けるのか』、型の形を考える段階から難しくて」

繊細な部分が多いのでヒビも入りやすく、無事に型から抜けても、次はバリ取りや研磨などの膨大な手作業が待ち受けています。手間と時間をかけ、ようやく“プロダクト然”とした、つるんとした表情へと仕上がっていくといいます。

磨きの作業が終わった段階
複雑な構成のToneの割型。いくつもの型に分割して「抜ける方法」を模索

「他者」であることで起きる化学反応

「そんな中でも『これは鋳込み成形では絶対に再現できない形』というのもやはりあって。熊崎さんにアドバイスをいただきながら、粘土の段階でかなり綿密な打ち合わせをしています。『これならいける!』と思って作ってみても『やっぱりダメだった』ということもしばしば。そのすごくギリギリのラインを一緒に探っているというか、本当に『鋳込み成形の可能性』を模索している感覚です」と竹村さん。

しかも、その鋳込み技術の知識は“自分の中”ではなく、“他者の中”にあることが重要だったと竹村さんは語ります。
「もし私自身に鋳込みの知識があったら、こんな自由な造形は考えていなかったと思いますね(笑)。“互いの出発点が違う”ということがすごく良くて、信頼できる熊崎さんの存在があってこそ、Toneが開花したという感じです」

スケッチをするように、粘土でアイディアを形にする竹村さん
型から抜いた後にもバリ取りや研磨など丁寧な手仕事が

また、Toneでプロダクト製品に取り組む中で、自身の作品制作にも大きな変化があったと話す竹村さん。

「最近、自分の手捻りの作品は “磨く” というよりも、その真逆の“荒らす” という行為が楽しくなってきているんです。より一層 “造形的” になってきたというか。それは、Toneという“用途”と“制限”を満たすような制作に別で取り組めていることで、自身の制作の方ではより自由に挑戦できるようになったのだと思います」

また熊崎さんにとってもToneでの制作は貴重な経験となっていると語ります。

「自身の作品は “自分の個性を出してつくる” という感じですが、Toneでは自分では考えられないような、全く違うことに挑戦させてもらっている面白さがあります。本当に『今まで学んできた技術を全部応用してつくる』という感じで、これまでの経験が生かされていることも嬉しい。日々刺激も受けますし、元々私自身色んなことに挑戦したいタイプなので、Toneでの仕事は楽しくやらせていただいていました」

作家性を拡張する「チーム」としての在り方

従来の窯元のように「職人的に製品を再生産する」というやり方ではなく、「強烈な作家性を、また別の作家がサポートして発展させる」というTone独自の制作スタイル。それは「作家」の在り方への可能性も示しているように感じます。その好例ともなる、大きな作品オーダーの事例をひとつご紹介。

金沢西病院の総合受付。左上に見える一羽のカモメからストーリーが展開していく

「ちょうどToneが立ち上がったばかりの頃、金沢西病院のリニューアルに伴い、壁面作品の依頼をいただいたんです。大きな仕事で、個人ではとても受けられないけれど『Toneなら、鋳込みなら表現できるかもしれない』とお話をお受けしました。
私が色鉛筆でデザインしたものを、熊崎さんに全部データ化してもらって。いくつもの陶磁器のピースを貼り付けて、大きな空間を仕立てていくということをやりました。これは“一人の作家”では到底できないことです。Toneとして、会社として、皆で意見を交わしながら制作ができたというのは、とても良い経験となっています」

陶磁器のパーツが配置された壁面。全体を通して生命のサイクルが表現されている

そんな名コンビの二人ですが、実はこの春から熊崎さんがToneを卒業し、陶芸とは全く違うジャンルに挑戦することが決まっているといいます。

「私はものづくり全般が好きで、陶芸だけではなく、色んな素材やジャンルにも挑戦したいという想いがあります。限りある人生の中で、やれることは欲張って全部やりたいんです」と晴れやかな笑顔を見せる熊崎さん。Toneで様々な課題に挑んだ日々、そしてそれが現実の形になったことに充足感を感じていると話します。

「Toneはまさに、熊崎さんとの出会いから生まれたブランドです。今後も新しいスタッフさんを迎える中で、また違った形での化学反応が起きると思いますし、Toneとして新たなチャレンジを続けていきたい。今の作品はプロダクトといいながらも、あまりに制作が大変なので(笑)、今後はそこも改善しながら、また次々と新たな作品を作っていきたいですね。(竹村さん)」

5月から「銀座の金沢」で開催される展覧会では、熊崎さんとの共作といえるこれまでのテーブルウェアライン「雲語る街」が潤沢な作品数を揃えてスタートします。

「東京でご覧いただける機会はこれが初めてなので、ぜひ多くの方に作品を手にとっていただきたいですし、金沢でこんな取り組みをしている、ということも知っていただけたら嬉しいです」と竹村さん。
オンラインショップでは完売となっている人気の品ばかりなので、ぜひこの機会をお見逃しなく。そして今後のToneの新たな展開からも目が離せません。

「雲語る街 マグA2」
「fragranceva Aroma stone – bloom」

(取材:2023年3月/協力:atelier & gallery creava)

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竹村友里 Yuri Takemura
1980年名古屋市生まれ。2004年愛知県立芸術大学美術学部デザイン・工芸科陶磁専攻を卒業。06年滋賀県立陶芸の森アーティスト・イン・レジデンス修了。09年金沢卯辰山工芸工房陶芸工房技術研修修了。2012年より愛知県立芸術大学非常勤講師。2016年より株式会社CREAVAアートディレクター
。金沢市在住。
HP:http://takemurayuri.com/

熊崎杏香 Kyoka Kumasaki
愛知県立芸術大学 大学院修了。atelier&gallery creava 工房勤務。ブランド「Tone」制作スタッフ。

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