インタビューvol.14 吉本大輔さん(加賀友禅作家)

インタビュー

2023.10.23

一点ものとプロダクト。生まれてきた相互作用

金沢市では、現代生活に適応した新しいスタイルの工芸品を開発する伝統工芸品産業従事者を支援するために、製品開発費用の一部を補助する「金沢ブランド工芸品開発促進事業補助金」を毎年実施しています。
今回は令和4年度に採択され完成した「友禅柄晴雨兼用傘」の制作者、加賀友禅作家の吉本大輔さんのインタビュー。吉本さんは加賀友禅の着物を制作するかたわら、加賀友禅の技法的特徴を取り入れたプロダクトの開発にも取り組んでおられます。着物以外のアイテムをつくり始めたきっかけや、伝統的な着物制作との両立などについてお話をうかがいました。

加賀友禅作家・吉本大輔さん

着継がれていく「加賀友禅」を見て育ち

金沢美術工芸大学の工芸科に入学してから様々な素材を体験させてもらい、その中で「染色」を専攻しました。当時はまだ「着物がやりたい」とは思っていなかったのですが、「立体よりも平面が好き/色を使って表現したい」という想いはあったので、あまり深く考えず「染色」を選んでいました。

ただ、着物の形や着物にまつわる文化にはずっと興味を持っていたように思います。今から思えば親の影響というか、母方の祖母の実家が呉服店で、嫁入りの際に持ってきた着物も加賀友禅で誂えたものが多かったそうです。その祖母の着物を母が受け継いで、「ここぞ」というシーンで着る。その華やかな姿がとても印象的で、子どもながらに「着物っていいな」と思っていたんですね。

個性が花ひらく、加賀友禅の自在な作家表現

そこで卒業後は地元の加賀友禅メーカーに就職します。そこでは職人としてではなく営業職だったので、いわゆる“悉皆屋”(しっかいや)として会社で買い付けた生地をいろんな職人さんの元に配達して回っていました。悉皆屋とは、分業である加賀友禅の制作を統括する仕事です。その中で、直接職人さんや作家さんにお会いする機会が多く、当時270名くらいが登録されていて「こんなに加賀友禅の作家さんがいらっしゃるのか」と驚きましたね。
「加賀友禅」というと、世間では一緒くたなイメージで見られていると思うのですが、本当に皆さんすごく個性豊かで。メーカーに在籍していた期間はとても短いものでしたが、それでも「この柄は〇〇先生の着物だ」と分かるようになっていました。
「友禅」という基本的に同じ技法を使っていて、ある種の制約がある中でもここまで豊かな表現ができるということ、そして作家の個性を出せるのが加賀友禅だと知って「自分もやってみたい」と思うようになりました。

「必要に迫られて」つくり始めた、友禅小物

着物メーカーを半年で退職し、2000年に加賀友禅組合の先生の元に弟子入りしました。当時は「加賀友禅」の作家業だけでまだ食べていけていたギリギリの時代だったので仕事もあり、弟子もとっていただけていたんですね。
大学の授業でも加賀友禅の技法は一通り教わっていましたが、現場でやってみると全然違って。作家というと「図案を描いて、模様の中の色を塗る人」のことで、「糊置き」や「地染め」などそれぞれの工程は職人さんにお任せします。修行時代に職人さんと直接お話しできる機会が多かったので、色々と教えていただいていました。

「加賀友禅作家」として認めていただくためには最短でも7年の修行が必要です(現在は5年)。私は早く一人の作家として仕事をしていきたかったので、7年の修行の後独立しました。
独立した当初は「着物一本」でやっていくつもりで、着物を描く仕事だけしていました。しかし、時代がどんどん「安いもの」を求める時代になってきて、問屋さんから依頼される柄も“軽く”なってきた。自分の実力不足もあり、気づけば「安いものをいっぱいつくる」という仕事の受け方になっていました。それでも「数」が出ているうちはなんとか回せていたんですが、ついに「安くても着物が売れない」という時代に差し掛かかり、これはもう着物だけではやっていけないなと。
そこで「自分で何か考えなければ」と必要に迫られる形で、友禅を用いた「着物以外のアイテム」をつくるようになりました。

何の面識もなく訪ねた「金沢クラフトビジネス創造機構」

最初につくったのは加賀友禅のバッグです。しかし、つくってみたのは良いけれど、どこに出したらいいかわからないし、誰に見せたらいいのかもわからない。修行時代を含め友禅業界にずっといると、本当に外部の世界との接点がなくなるんですよ。ずっと描いて塗っている日々なので、いわゆる“ツテ”が何もない状態だったんですね。
そんな時にふと「金沢クラフトビジネス創造機構」のことを思い出して。何の面識もなかったけれど、作品を持って訪ねてみたんです。そこで当時のディレクターの方に「そんなに高いと売れないよ」と言われて(笑)。友禅でつくる小物なので、どうしても値段は高くなってしまうのですが「その価格帯は出ないから、もっと小物を作ってみたら」とアドバイスをいただいたり。

最初は儲けが出なくても、「宣伝」のつもりで

それで色々と作ってみるのですが、数が少ないので業者さんにもお願いできないし全部自分でやるしかない。やたら裁縫が上手くなりましたね(笑)。
けれどこの小物もなかなか売れない。とはいえ「売れなくても、やるしかない」という気持ちで続けていました。儲けが出なくてもいいから、自分の名前を知ってもらうきっかけになればと。最初は宣伝のつもりで。
同時に着物の方は年に一度の「伝統加賀友禅工芸展」に向けて、自分の好きなものを思いっきり描いていました。それはそれですごく楽しくて。そういう意味で「作品」と「商品」は分けていたところはありますね。

着物と小物では、描く雰囲気も分けています。やっぱり加賀友禅を着ていくシーンは、フォーマルな場が多いと思うので柄行きもあまりポップだとカジュアルになってしまいます。着物ではフォーマルなシーンに相応しい柄であることを意識しますが、同時に僕が好きな雰囲気はもう少しくだけた感じというか、純粋な古典柄ともまた少し違うので、そのギリギリのところを攻めているというか探っている感じです。だから構図にはかなりこだわっています。

「波打ち際」

「手描き」と「プリント」、自分なりの “線引き”

小物はずっと絹に手描きの「加賀友禅」で作っていて、「プリント」はずっと避けていたんです。友禅作家である以上「プリントをやってしまうと取り返しがつかない」と思っていたので、そもそもそれをするという選択肢すら頭になかったというか。
そんなある時、「乙女の金沢」の岩本歩弓さんが金沢市内の文化施設で用いる“御朱印帳”のような企画を持ってきてくださって、僕のサンプル帳をみながら「この柄をプリントしてみてはどうでしょう」と軽やかに提案してくださって。自分の中ではずっと「それをやったら一線を超えてしまう」と頑なに思っていたけれど、この時に「小物だったらありかもしれない」と思えたんです。

金沢市内の美術館や博物館のスタンプを集める「ごミュ印帖」

ただ自分の中での“線引き”は設けようと。加賀友禅は「絹」に描くので、絹用の染料しか使えません。そこで「手描きのものは絹だけでやる」と決めて、それ以外の「綿」やその他の素材はプリントを使用してもいいということに決め、着物とプロダクトで棲み分けをすることにしました。

素材の線引きだけでなく、模様やデザインも分けて、自分なりの制約を設けています。プロダクト品は友禅の着物では描かないようなポップな絵柄や配色にしていますが、友禅の技法的特徴を必ず取り入れるようにしています。
友禅は「糊置き(※)」をしますので、「輪郭線が白くなる」という特徴があります。なので、プロダクトはデジタルでデザインしていますが、全て模様の輪郭線を白くしています。それも「真っ白」ではなく、「やや茶色がかった白」。友禅で用いる糊には糠やスオウなども含まれているので、ほんの僅かですが生地の白さに色が着くのです。また、“手描き感”を表現するために、輪郭線は全て手描きしたものをスキャナーで取り込んでいます。
こういった友禅技法の要素を取り入れないのであれば、僕が着物以外の商品をつくる意味はないと思っています。

※糊置き…もち米や塩を混ぜて作った糊(のり)で線をなぞる友禅の技法

伝統工芸を、現代の暮らしに

こちらが「金沢ブランド工芸品開発促進事業補助金」で採択いただいた「友禅柄晴雨兼用傘」です。加賀野菜や兼六園、五色生菓子に芸妓さんなど、どの柄も全て金沢を象徴するようなモチーフを描いています。

「友禅柄晴雨兼用傘」全8種類。
UV加工されたポリエステル素材の傘生地なので晴れでも雨でも使える

「金沢ブランド工芸品開発促進事業補助金」の制度は、以前から知っていました。ただ、手描きではないプリントの商品だから対象にならないのではないか、と思っていたのですが、要項をよくよく読んでみると「伝統工芸を現代の生活に合わせる」という趣旨はすごく合っているなと。金沢をアピールすることにもなりますし、加賀友禅というものを広めることになる。試しに応募してみたら採択していただきました。

補助金という形でサポートしていただけるのは大変ありがたいですね。こういった商品は原価率がとても高いので、なかなか色んなところに卸して販売するということが難しい。もちろん製造する数を増やせば、原価率を下げることはできますが、アテがないのにそこまで増やせないというジレンマがあります。

傘としては高額な商品なので、こういった商品を求めている方に「どう出会うか」というのが目下の課題です。現在は香林坊大和さんが主体となり販売をしていただいています。

友禅柄晴雨兼用傘の一つ「兼六園鶴亀」。雪吊りをはじめとした兼六園の見どころが凝縮

テキスタイルブランドとして立ち上げた「hiinakata」は江戸時代の着物の見本帳「ひいなかた」から。「江戸時代におけるファッションカタログのようなもので、柄を選ぶ楽しみを感じていただけたら」

世界観を知ってもらう“窓口”として

テキスタイルの方は、本当に色んな方々に助けてもらいながらやっています。頼まれたことは極力断らないようにしているのですが、そうやって続けているうちに、ようやく最近自分の中の方向性が見えてきたというか。「着物とテキスタイル/手描きとプリント」、棲み分けつつも「同じ人間がやっている」ということが少しずつ定着してきて、互いに良い作用がようやく出始めたように感じています。

「着物の生産量が今後再び上向く」ということは、着物自体が「非日常」のものになってしまった以上、おそらくないと思います。ただ、僕はそれを「日常」に戻したいと思っているわけではなくて、非日常の「特別な一着」だからこその良さもあるのではないかなと。
親が着ていた着物もすごく良いものだからこそ、それが受け継がれていく様に魅力を感じて、僕は友禅に興味を持ちました。やっぱりそこが僕の原点で、時代を超えても「いいな」と思えるもの、そういった「感覚」を共有できるものを作りたいと思っています。

だからこそ着物は「数」をつくるのではなく、お一人お一人の意向と丁寧に向き合う「誂え友禅」を、細々とでもずっと続けていきたいですし、小物の方は「こういう世界観を持った作家です」ということを知っていたただく「窓口」として作っていきたい。
もともと友禅に興味がなかった方も、このような傘ひとつから、関心を持っていただいて広がっていくと嬉しいですね。

(取材:2023年10月/撮影協力:卯辰山工芸工房)

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吉本大輔 Daisuke Yoshimoto
1977年金沢生まれ。 金沢美術工芸大学を卒業後、着物メーカーに就職した後、加賀友禅作家になることを志す。2000年に 加賀友禅作家に師事し、2008年に独立。 2017年に伝統工芸士に認定される。現在は卯辰山工芸工房の専門員や、金沢美術工芸大学の非常勤講師も務める。

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