インタビューVol.13 金沢箔みらい研究会
インタビュー
2023.09.22
煌びやかな「金箔」を支える、職人仕事に触れる
8月9日の「箔の日」を前にした2023年8月5日(土)6日(日)に、金沢市立安江金箔工芸館にて「若手職人直伝!箔づくり体験」が開催されました。このイベントを企画したのは若手の箔職人などで結成される「金沢箔みらい研究会」。今回はイベント当日のレポートに加え、金沢箔みらい研究会の方にもお話をうかがってきました。
金箔づくし!大盤振る舞いな金箔体験
8月5日(土)6日(日)は猛暑日にもかかわらず、オープン早々会場には親子連れをはじめ多くの人々が駆けつけ大盛況。エントランスには各体験プログラムの順番を待つ長い列ができていました。
それもそのはず、普段は目にすることすらできない職人仕事を体験できることはもちろん、金箔体験は全て無料という気前の良さ。主催者のイベントにかける気合いを感じます。
一口に「金箔」といっても、「縁付(えんつけ)金箔」と「断切(たちきり)金箔」とがあり、実はその違いもあまり知られていません。縁付金箔は日本における伝統的な製箔技法で、手漉き和紙を加工した箔打紙に金を挟んで打ち延した箔。
対して断切金箔はカーボン紙を用い、1,000枚の束の4辺を断ち切る近代的な製法で、一度に大量の箔を生産することができます。
今回は「縁付金箔」「断切金箔」どちらの体験も用意されており、体験を通してその違いや特徴を学ぶことができました。
子ども達に人気のあったコンテンツの一つが「箔叩き体験」。昔ながらの、金槌で手作業で箔を打つ方法で、二人一組になって行うことが多く、互いの息を合わせることとリズム感が肝要です。
そして今回の目玉コンテンツの一つかま「職人技×VR」。金箔になる前段階の材料「澄(ずみ)」の制作工程という、いわゆる“観光体験”ではまず目にできないようなマニアックなシーンを、工房の臨場感そのままにVRで体感することができます。機械で合金の板を連打する轟音、そして振動まで伝わってくるよう…!
そのほかにも「はくのり」のフォトスポットや、「箔職人なりきりフォトパネル」、「安江金箔工芸館2階展示室ツアー」など全8つ、金箔づくしのキラキラコンテンツ。4つ以上の体験を巡るともらえる「金箔団子」は午前中で用意していた分がなくなってしまうという盛況っぷりでした。
箔づくりを継ぐ、4人の若手職人
大盛況のうちにイベントが幕を閉じた後日。イベントを企画した「金沢箔みらい研究会」の若手職人4名に集まっていただき、イベントに込めた想いや、金箔づくりの現状についてお話をうかがってきました。それぞれ家業としての製箔を継ぐ決意をしたもの同士、年代も近いこともあり和気藹々とした雰囲気です。
ーイベントお疲れ様でした!大盛況でしたね。「若手職人直伝」と冠してイベントを開催されるのは今回で3度目になると伺いましたが、そもそもこのイベントを企画したきっかけは?
杉本:「お前ら後継の若手が前に立って、自分らで考えてやってみろ」って、金沢箔みらい研究会の会長に言われたのがきっかけです。それで昨年は「はくのり」、今年はVRと金箔団子を考案しました。僕らで企画はできても、やっぱり会長達がしっかり金箔を用意してくれるからイベントが実現できるわけで、ありがたいです。
松村:テレビなどでも金箔の作業風景を目にすることはあると思うんですが、そこで映されているような作業ってある意味「お決まり」なんですよね。「縁付金箔」や「断切金箔」、「澄(ずみ)」という言葉すら知らない方が大半だと思います。そこで、イベントの趣旨として「体験してもらって、もっと箔のことを知ってもらおう」という想いがまずありました。
ー確かに私自身「縁付金箔」と「断切金箔」の違いもよくわかってなかったですし、「澄」に至ってはお恥ずかしながら初耳でした。松村さんは縁付金箔の製箔をされていますが、「縁付」についてご説明いただけますか。
松村:やはり最大の違いは、「手漉き和紙を使う」ということにあると思います。これは金箔を打つ際に挟むものですね。各職人さんによって「和紙の仕込み方」が違いますし、それによって箔の仕上がりも全く変わります。「紙仕込みさえ上手くできれば、箔は寝てても打てる」と言われるくらい、紙が重要なんです。
ー「金」自体ではなく、それを挟む「和紙」の方が重要というのは意外でした。
松村:それも、手漉き和紙だからといって、いきなり箔が打てるわけじゃないんです。時間をかけて和紙を“仕込む”必要がある。なので、実は一年の半分くらいは和紙を仕込む作業をしています。
河越:やっぱりそこは大きな違いですよね。僕ら「断切金箔」の紙の仕込みは一日で終わりますもん。
ーでは「断切金箔」の魅力はどんなところにあると思いますか?
河越:断切は一度に生産できる量が、縁付の10倍くらいはあるんです。なので今の箔製造の主流となっているやり方です。幾重にも重なった紙と箔を一気にズバッと切れた時は、やっぱり気持ちが良いですよ。
ーではここでは唯一「澄」を、制作されている杉山さん。澄の魅力について教えてください。
杉本:「澄(※)」って、いわば金箔になる前段階のものなので、僕が澄を作らなかったら金箔も作れない。なのでその責任感みたいなのはありますね。澄で後継者がいるのは、今のところうちだけですし。
(※)澄…金のもつ輝きを失わせることなく、合金を1,000分の1ミリの厚さにまで均一に延ばしたもの。
これからの時代の「伝え方」
ー実際に今回体験されたお客さんからのお声などは何かありましたか?
松村:やはり「難しい」とは言われましたね。熟練した職人達は事も無げにやっているので、簡単そうに見えるんですけど、実際難しいんです(笑)。
河越:うちも親父がスッスッと切っているから、ずっと簡単な作業やと思い込んでいたけれど、いざ自分が継いでやってみたら、全然切れんかったもんなぁ。
そういう意味でも、このイベントはすごく自分自身の勉強になりましたね。箔仕事の“コツ”を一般の人に「教える」ってすごく難しいんだなぁと実感したし、自分が教える立場になった時にどうしようか考える良い機会になって。昔スポーツをやっていたんですが、これがスポーツの教え方ともまた違うんですよ。何というか、言葉で教えようがないというか…(笑)。
杉本:そもそも僕ら自身、祖父からも父からも「教えてもらったこと」って一度もないですしね。それこそ「背中を見て学べ」というか。
河越:俺たちは物心着いた頃から親父達の仕事を何気なく見てはいたから、それでできてるという部分はあると思います。だからこそ、初めての人に言葉で伝えるのは本当に難しい。でも、同時に後継を育てるためには「伝えていかないといけない」という面もあるわけで。もちろん親父達のやり方が悪いといっているわけじゃなくて、今はもう「令和」ですから、時代に合ったこともしていかないとなと。
職人は「自分で見つけて」体得する仕事
松村:そうですね。ただ正直「言われた通りにやってもできるもんじゃない」というところもあって。うちらの仕事って、「自分で見つけていかないといけない」世界なので。
小林:確かに職人の仕事って“感覚業”みたいなところもありますよね。自分の感覚一つで、出来の良し悪しも大きく変わってきますし。
松村:縁付金箔は職人によって出来上がりが全く違うんですよ。同じ金を使っているはずなのに、色からして違ったりします。だから一つの寺社仏閣などの案件は、全て一人の職人が担当する、というのが縁付業界ではセオリーなんです。
河越:断切金箔の場合は、「打ち方」で仕上がりが全く変わります。俺と親父の間ですら全然違うし、その差は素人が見ても歴然として分かると思います。
杉本:「筒を一つ入れるか入れないかで、箔の顔色が変わる」とよく言われます。つまりあと一回を打つか打たないかでも、大きな差が出る。箔を打つ作業は機械化している部分もありますが、最後の仕上げはやっぱり人間がしないといけない。その辺の判断もAIができるようになった時は、僕ら職人はいらなくなるのかもしれないけれど(笑)。
箔職人を継いだ理由
ーちなみに金沢の箔業界後継者の状況はどのようなものでしょうか。
杉本:後継者は僕ら4人とあと1人くらい。職人の平均年齢も70歳くらいなんじゃないかなぁ。うちの祖父の時代には300人くらい職人がいたと聞いてますが。
ーそんなに少ないんですね。工芸品などにおいて、金箔の景況は上向いているイメージがありました。
松村:工芸品は、金箔の使用量でいうとそんなに多くないんですよ。これまでは寺社仏閣や仏壇がメインでしたが、どちらの金箔の需要も激減しています。なので、工芸品やソフトクリームでの需要が増えてもとてもじゃないけれど追いつかないんです。
ー厳しい状況の中でも継ぐ決意をされたのはどうしてですか?
河越:僕は元々全く違う業界で会社員をしていたんです。その仕事もすごく楽しくて、天職かもって思ってたくらい。けれど祖父が亡くなって、親父が一人で仕事をしなければならない状況になって。そんな時に「せっかくやし、やってみよう」と思ったんです。だって、こんな家系に生まれてないと伝統工芸の仕事なんてやる機会はまずないし、「誰もやってないこと」をやった方が面白いんじゃないかと。
杉本:僕は高校卒業して、「やることもないから」という理由で当初は入ってます(笑)。この仕事のことを「楽勝やろ」となめてたんですけど、やってみたら手は潰すは失敗するわで…「親父に勝てんな」と思い知らされました。これまでに粉砕骨折も2回したけれど「辞めたい」とは思わんかったから不思議ですよね。でも親父には「お前には継がせん」と言われてますが(笑)。
箔の裏仕事にも、光をあてて
河越:ちょっと親父さんの気持ちわかるかもしれん。多分俺が親父やったとしても、「継げ」とは言えんかもしれんなぁ。やっぱりこの仕事って地味やしね。やっぱりちょっとくらいは光が当たった方が、仕事って良いじゃないですか(笑)。
ーそういう意味では、今回のイベントのように職人さんがお客さんと直接触れ合える機会は大事なのかもしれないですね。次へのヒントなどは何かありましがか?
杉本:これからは職人するにも英語を喋れんと、ダメやと思いました。俺ら4人の頭じゃ全く対応できんかった(笑)。
河越:確かに。あの時は「YES」か「NO」かしか言えんかったし、断つ時なんて「GO!」って言っとったしな。(笑)
ー英語!それは素晴らしいですね。前に出るだけでなく、皆さんには世界にもどんどん出ていっていただきたいです。最後に今後の目標などがあればお聞かせください。
小林:僕らの仕事って、意外と“分業”という面もあるので、どこかが抜けると「箔が打てなくなる」ということはありえるんですよ。だからみんなで、なんとか頑張っていきたいなと。
松村:確かに。箔職人もそうだし、道具や周辺材料も残していかないといけない。だから自分のところだけでなく、「周り」もみんなで良くなっていかないといけないなと思っています。
(インタビュー:2023年8月)
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