インタビューvol.5 高橋悠眞さん

インタビュー

2023.01.23

あらゆるものに 漆を“憑依”させる媒介者

2022年12月10日からの2日間、国内で唯一「工芸」に特化したアートフェア「KOGEI Art Fair Kanazawa 2022」がハイアットセントリック金沢にて開催されました。ここ数年のコロナ禍ではオンライン開催や入場制限を余儀なくされていましたが、今回は約3年ぶりとなる制限なしの一般公開。開催がいかに心待ちにされていたか、ひとつひとつ丁寧に品定めをする来場者の熱い眼差しが雄弁に物語っていました。「やはり工芸もアートも “リアルで見てこそ” ということを、この数年で改めて痛感させられました。実際に見て、手にとって感じる、“実物の力”というか。在廊している作家やギャラリストとの会話も楽しんでいただけたら」と「KOGEI Art Fair Kanazawa 2022」副実行委員長の本山陽子さん。

今回は「KOGEI Art Fair Kanazawa 2022」の注目作家の一人、高橋悠眞さんへのインタビューです。スマートフォンケースからアパレルに至るまで、様々なジャンルともコラボレーションしながら、あらゆるものに漆を纏わせ続ける高橋さんの独自の作品展開。漆との出会いや「作品づくり」に立ち止まった時期の話など、漆への想いをうかがってきました。

高橋悠眞さん。KOGEI Art Fair Kanazawa 2022会場にて。

わからないから、知りたい

美大受験で浪人している時、予備校講師の柗井圭太郎先生が漆の作家で、何気なく先生の個展を観に行ったんです。そこには錆びついた金属のような乾漆技法の作品や、カラフルな色漆の作品が並んでいて、どれもパッと見ただけでは「漆」だと思わないようなものばかり。陶磁や金属、木工・染色など、工芸には様々な素材がありますが、「漆っていろんな素材に化けられて、まだまだ知らない表現があるんだな」と、そこで興味を持ったんです。わからないから知りたい。漆に触れられる環境を求めて、山形の大学(東北芸術工科大学)に行きました。

今現在、僕が多用している「変塗り(かわりぬり)」も在学中に学んだ技法です。変塗りは「津軽塗」としても知られた技法で、漆にタンパク質を混ぜることで粘度が増してぷっくりと仕上がる。それをテクスチャーとしておいた上に色の層を重ねていくと、最初のテクスチャーが輪郭のように模様となって現れてきます。この紋様のパターンも津軽塗りなど産地によっては厳格に決められていて、それぞれに名称がついている。もちろん産地として守っていかなくてはならない伝統があるわけですが、もっと自由でもいいんじゃないかと僕は感じていました。

高橋さんの作品「Urushi × iPhone」

“今を生きる人々”のためにつくる

スマートフォンケースや名刺ケース、スケートボードなど、身近な道具に漆を塗るようになったのは在学中からです。きっかけとして大きかったのは、東日本大震災での経験。僕が東北芸術工科大学に入学したのは、2011年4月、震災の直後でした。そういう状況の中では「自分で何かつくる」というよりも「被災地に行って何かしたい」という想いの方が強かったので、「スマイルエンジン山形」という学生ボランティアバスを運営し、山形市民の方たちと石巻を中心に復興支援の活動を続けていました。

津波で街の姿が洗いざらい失われてしまった光景を目の当たりにしていると、「形はいつかなくなる」ということを思い知らされる。だったら、「後世に作品を残す」という思いよりも、「今生きている人のために、愛される作品をつくりたい」というシンプルな考えが、いつしか自分の中で生まれていました。「人のためにつくりたい」と思ったのは、この時が初めてでした。

「KOGEI Art Fair Kanazawa 2022」の「銀座の金沢」フロア壁面に展示される、高橋さんの作品。
『circulation』

もともと「伝統工芸」の世界観よりも、ストリートカルチャーなどにシンパシーを感じてきたことも背景としてはあるのかもしれません。神様に奉納するような高尚なものよりも、“ストリート”というか“民衆”のためにつくれたらという想いは、どこか自分の前提としてあったように思います。

そして、この「いろんなものに塗ってみる」ということが、漆の特性としても結構理にかなっているのではないかと思ってきたんです。漆って表層的なものなので、何か「支持体」がないと自立できない。常に複合素材でないといけないわけです。だったらその特性を拡大解釈して、いろんなものに漆を「寄生」させて、現代のいろんな場所で漆を発展させていったらどうだろうと。

スケートボードやスツール、ギターにも変塗りを施した高橋さんの作品。
スマートフォンケース、カードケース、ライターなどの日用雑貨にも。

漆でしか、自分にしかできない表現を求めて

卒業後は東京に戻って独立しようか迷っていた時に、小林伸好教授から金沢卯辰山工芸工房を教えていただいて。小林先生は「漆には“こうでないといけない”というのものはないんだ」と常々繰り返しおしゃっていた方でした。「漆」という伝統的な素材を扱っていると、ともすればと自分自身をも「こうでなければいけない」と縛りがちです。だからこそ、意識的に自由であれと説いてくださっていたのかなと、振り返ってみて思います。

面接で初めて卯辰山工芸工房を訪れた時、「作家になりたい」という人しかいないという状況に圧倒されて、自分もこういう環境に身を置いて制作してみたいと思いました。受からなかったときのことも考えてプロダクト制作や金銭面の確保は考えて準備していました。

運良く卯辰山工芸工房に受かったものの、同じ工房の方に「高橋くん、よく受かったよね」と言われたこともあります(笑)。作家を目指す人が集まってきている卯辰山では、みんな作品における「自己表現」が凄い。かたや自分はプロダクトというか、デザイン寄りのことしかしていない。そのことが当時はコンプレックスで。だからこそ卯辰山にいられる3年間は、「作品をつくる」ということに目をむけてみようと。まずはそれまでやってきたスマートフォンケースを拡大解釈した、漆の絵画的な表現をはじめてみました。

当初の作品を講評会などで先生に見せたら「漆じゃないとできないことをやりなよ」ってポツッと言われたんですね。その言葉が自分の中でとても響いたんです。そうして生まれたのが「symphony」シリーズ。自分が持っている「色漆の現代的な色彩」と「漆の持つ透け感/艶感」を生かした変塗りの作品です。この作品が「どうして漆じゃないといけないんだろう」「自分にしかできないものってなんだろう」と考えながら制作する一つのきっかけになったと感じています。

『Symphony』

折り合いの中で現われる「風景」

『circulation』

今回の「KOGEI Art Fair Kanazawa」に出品しているのは「circulation」というシリーズです。素材になっているのは、流木や廃材など「一度不要になったもの」。そこに漆を塗って、もう一度蘇らせるというか、何か意味を持たせられないだろうかと。作品の根底にはやはり震災で見た光景 、形はなくなるのだということがあるように思います。
そして人間が水平垂直につくった都市という人工物の上にある、圧倒的な「自然」の存在。自分が人工塗料ではなく、漆をつかっている意味も、そこにあると感じています。人間が「言うことをきかせる」のではなくて、漆という天然素材との「対話の中で成立させる」という作業は、そのことを自分が忘れないためにやっているところがあります。その「折り合い」の中で生まれる風景を、僕はつくりたいと思っています。

『circulation』

震災直後、「震災とアート」みたいなことが盛んに言われていたけれど、当時の自分はその中で答えが見つけられなかったし、つくりたいとも思えなかった。けれど10年経ってようやく、少し何かつくれるかもしれないと感じています。ずっと「自己を消したい」と思って、いろんなものに漆を塗るっていうことを続けてきましたが、最近はそのこと自体が「自分らしい」と言われるようになってきているから、不思議なものだなと。

自分を媒介に「漆っておもしろい」を伝える

漆芸作家の若宮隆志さんが、「漆は人間の歴史にもう千年以上“寄生”している」というお話をされていて面白いなぁと。生活に根付いて、木を植えさせて、精製させて使わせる。漆と人は長い歴史の中でそのサイクルをずっと続けてきたわけで。僕も「漆ってシンビオート(※)みたいだな」って、時折思うことがあるんです。

(※)シンビオート…映画『スパイダーマン』に登場する宇宙生命体。人の表層に乗り移って寄生していく真っ黒な生物。

高橋さんが着ていたのは、変塗りの紋様がテキスタイルとして使用されたシャツ。アパレルブランド「HARE」と高橋さんのコラボ商品。

今日の僕なんて、まさに漆に憑依されてますよね(笑)。ついには自分が漆の支持体に、そして漆の広告塔になったという。これを着ていると、自分にとって“一段落ついた”というか、何かすごく落ち着く感覚があるんです。

今後もやっぱりできるだけ長く、漆を続けたいですね。スタイルとか方向性を変えながらも、飽きずに楽しく、つくり続けたい。それで最終的に誰かが、あの時の自分みたいに「漆っておもしろい」と興味を持ったり、漆のプレーヤーになってくれたら、僕の役目は果たされるのかなって思います。

(取材:2022年12月/撮影協力:銀座の金沢)

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高橋悠眞 Yuma Takahashi
1988年東京都 生まれ。2015年東北芸術工科大学 芸術学部美術科工芸コース 卒業。2018年金沢卯辰山工芸工房 修了。現在、石川県金沢市にて制作。
HP:https://urushi-freaks.stores.jp/news

KOGEI Art Fair Kanazawa 2022
HP: https://kogei-artfair.jp/

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