インタビューvol.11 野田 怜眞さん
インタビュー
2023.07.18
伝統の継承と、アートとしての昇華をブリッジする「バナナ」
黄金色のスタッズを纏うバナナ、導火線を携え爆弾状に膨らんだバナナ…。漆芸作家・野田怜眞さんの作品は、どこか挑戦的でパンキッシュ。しかしその作品は、「乾漆」という古くから仏像制作に用いられてきた伝統的な成形技法に立脚しています。「守っていくべき伝統と、アートとしての昇華。それらを繋ぐ中間的な役割を果たしたい」と野田さん。
今回は自然を愛する青年と漆の出会い、作品のモチーフとなっている「昆虫」や「バナナ」への想い、そして金沢に来たことで変わった価値観など、お話をうかがってきました。
(※2023年7月19日から31日まで「dining gallery銀座の金沢」で開催される「工芸の果実」展では、野田さんの代表作である「Vanana」の壁掛けをご覧いただけます。こちらもぜひお見逃しなく。)
「自然に触れられる瞬間」を追い求めた少年時代
僕が美術の道に入ったきっかけは、ちょっと変わっているのかもしれません。
もともとはアウトドア派で、キャンプや釣りなどによく行っていました。「自然に触れる瞬間」がとにかく好きで、将来はスキューバダイビングの免許を取って観光地で働きたいと考えていました。
なので、高校はあまり深く考えず、家から自転車で3分の工業高校のデザイン科へ進学します。部活でラグビー部に入ったのですが、この練習がめちゃめちゃキツくて。「週2日だけで、あとは好きなことをしていい」って聞いたから入部したのに!(笑)
そんな日々の唯一の癒しが、実習の授業で制作をしている時間だったんです。実はこの工業高校は鳥山明先生(『ドラゴンボール』作者)の出身校として有名で、漫画部があったり、実習も豊富で、自由に絵を描いたり造形をしたりできる環境でした。塑像やテラコッタ、木工機械で家具をつくったりも。
最初は上手くいかないんですけど、やっていくうちに素材の特徴が分かってきて、少しずつ思い通りの形になっていく。すべてに理由があって「予想外のこと」があまり起きないというか、そのアナログさが僕にとって心地良かったんですね。
そのうちに、「もう少しものづくりと向き合っていきたい」と考えるようになり、美術系の大学を目指します。「立体造形」と「最初から最後まで自分でつくる」ということが好きだったので、当時は愛知県立芸術大学の陶磁科を受験したのですが、もう全然ダメで(笑)。もっとデッサン力や造形力を身につけないとだめだと痛感しました。引越しのアルバイトでお金を貯めて、名古屋の美術予備校に通い始めます。
東京芸術大学への受験は元々は考えていなかったのですが、予備校で出会った恩師が「東京芸大の受験勉強をしておいたら、他も対応できるから」とおっしゃっていて。ただ、自分は一つのことしかできないタイプなので、やると決めたら「絶対芸大に受かりたい」と思うように。翌年無事に東京芸術大学の「工芸科」に合格することができました。振り返ってみれば、あの辛かった部活で体力がついたのが良かったのかもしれません(笑)。工芸の受験課題って、集中力が肝だったりするので。
漆は 「最強の素材」
大学では、2年時から工芸素材の実習が始まります。「陶芸/染色/漆/彫金/鍛金/鋳金」の6専攻があって、その中から3つを選ぶんですが、正直に言って一番興味がなかったのが「漆」だったんですね。「塗りもの」のイメージが強かったので、造形をしたい僕にとっては縁遠い素材に思えて。
けれど、その漆の実習課題が「乾漆」だったんです。自由に造形した上に麻布と漆を重ねることで、それが支持体になって中をくり抜いて空洞にしても彫刻素材として使えるという。これは現在も僕の制作のメインになっている技法です。
形をつくるために火も電気も使わないし、日本の気候であれば自然の温度で硬化してくれる。水を撒けば湿度もコントロールできる。もう「最強の造形素材じゃん!」って。もちろん漆にはかぶれるし、めっちゃ痒いんですけど(笑)、それ以上に「植物から取れた自然素材の特徴を利用して形がつくれる」ということに感動して、漆を専攻しました。
「つくること」に、飢えていた
大学院へ進学したのは、やっぱり「もっと作りたかった」から。大学は長期休みになると校舎に入れなくて、普段の利用時間も17時まで。そのため大学3年生までは課題をこなすだけでほとんど終わってしまって。あとは校舎が上野にあったので、そこからある程度離れたとしても家賃が高いし、自主制作するスペースを確保することも難しい。なので「自分の作品です」と胸を張っていえるのは、本当に卒業制作ぐらいしかなかったんですね。
大学院の校舎は茨城県取手市だったんですが、ここは制作に集中できる環境でした。「やっとつくれる」と嬉しくて。そこからはバリバリと制作に励んでいました。
「工芸の波」が、金沢に来ている
大学院修了後の進路を考えた時、大学在学中に友人に教えてもらった「卯辰山工芸工房」のことが頭に浮かびました。大学の先輩だった髙橋賢悟さんに「金沢に行こうと思っています」と相談したら、「すごくいいと思うよ」と背中を押していただいて。国立工芸館も金沢に移転して、それにまつわる方々も金沢に集まってきている。「金沢に工芸の波が来ているから、その波に乗っていけたらいいね」と。
卯辰山に来れて、本当によかったと感じています。色々な面でサポートしていただけることはもちろん、工房も朝6時から20時まで自由に使える。もう夢みたいですよね。
そして、講師として呼びたい先生を、研修生から意見を挙げられるシステムがあるんです。学びたい技術を持った先生から直々に教えていただくって、ものすごく吸収率が良いですし、先生方も技術を包み隠さず教えてくださるんです。「ちょっとこれを漆に混ぜると、乾きがよくなるんだよ」とか、「マジですか!革命じゃないですか!」って(笑)。
「作家として生きていく姿」が見えた
あと、「作家としての覚悟」を持っている人が卯辰山には集まってきているので、彼らと同じ環境に身を置く中で、どんどん自分の腹も決まっていきました。
芸大でもほとんどの人は卒業後就職するし、制作を続けていくにしても「仕事の合間に制作する」という雰囲気があって。だから「作家として生活していく」という姿が、東京にいたときはなかなかイメ―ジできなかったんですね。
けれど金沢には、現に作家として生きている方々がたくさんいらっしゃるわけで。そんな先輩方から「どうやって工房を構えたか」「どうやって生計を立てているのか」を教えていただいたり。さらには池田晃将さんのように、作家を「社員」として雇い入れている方もいます。「安定した収入を稼ぎながら、技術を習得する」というシステムが、金沢ではすでに構築されつつある。そういう先輩方の背中を見ていると「自分にもできるかもしれない」と勇気をもらえるんですよね。
「昆虫」と「漆」の親和性
作品としては、大学の頃から昆虫をモチーフとした作品を制作しています。昆虫は昔から大好きで、ブリードしたりもしながら、今でも個人的に昆虫を育てています。
特に好きなのがカブトムシなどの「甲虫類」。甲虫は完全変態なので、幼虫から蛹になって、成虫になるときに一回体を全部溶かして組織をつくり直すんです。小さな小さな卵から生まれて、腐葉土や木屑を食べてどんどん大きくなっていく。そして蛹になる前に、自分の倍くらいある楕円形の空間を作り出すんです。その中で皮を脱いで、中で持っていた体液をどんどん角に送って蛹になる。外殻になる部分が、蛹の内側から固まっていってやがて羽化するのですが、最初は白くてブヨブヨ。それが徐々に硬化して、色も酸化にともなって飴色になっていく。
一連の成長過程を見ていて、「漆と一緒だ」と思ったんですね。白色から飴色へと変化しながら硬化するところも、硬化する際に漆でいうところの「風呂(※)」のような空間を必要とするところも。実は外殻を硬化させる「ラッカーゼ」という酵素も、漆のそれと一緒なんですよ。漆と昆虫の親和性を感じて、めちゃめちゃ面白いなと。
昆虫は昔から大好きだったけれど、未知すぎて「気持ち悪い」という感情もどこかあったんです。けれど卵からの一生をこうして眺めていたら、気持ち悪い要素がどこにもないというか、全て自然物で完結していて「めちゃめちゃ綺麗じゃん」って。そこから「昆虫の神秘性を具現化したい」と思うようになりました。
(※)風呂…漆を硬化させるための設備。適度な湿度が保たれている必要がある。
「価値を問うためのバナナ」の対称にある「神格化したバナナ」
そしてもう一つ、モチーフとして好んで制作しているのが「バナナ」です。バナナを作ろうと思ったきっかけは意外とささやかで。学生の頃、アンディー・ウォーホルのバナナの絵柄のTシャツを気に入ってよく着ていたんですが、それもあって「アートってバナナだ」ってどこかで刷り込まれていたというか(笑)。ウォーホルはもちろん、バスキアやバンクシーもバナナを描いています。彼らがやっているアートにはすごい値段が付いているし、ハイソサイエティーな印象。それが羨ましくもあり、同時に嫉妬みたいな感情もあったんです。
ちょうど以前マウリツィオ・カテランさんがアートフェアで発表した作品《Comedian》にまつわる出来事(※)が物議を醸しましたよね。いわば、本物のバナナを壁にテープ貼って、それを他のアーティストが剥がして食べちゃって、また別の新しいバナナが貼り付けられたという話なんですが。その作品には1,600万円という価値がついた。当時、バナナシリーズを初発表する1ヶ月前だったので、ニュースで見たので本当に驚きました。リアルタイム過ぎて…(笑)
(※)…マウリツィオ・カテランがアートフェア「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ」で2019年に発表した彫刻作品。本物のバナナをスコッチテープで壁に貼り付けた作品。デビッド・ダトゥナがそのバナナを壁から剥がして食べるという出来事がニュースを騒がせた。
日本には数千年を超える長い歴史があって、独自の“良いもの”がある。漆の勉強をしているとそのことを特に強く感じます。様々なジャンルのアートで多用されるバナナを、漆の工芸技法を使って、日本人として表現してみたい。価値を問うための滑稽な扱いとは対称にある神格化したバナナを、アジア文化と融合させながら作りたい。そう思うようになり、現在まで「Vanana」シリーズを制作しています。
それにバナナ自体、生態がすごく面白いんですよ。まずバナナって一年草で、「樹」じゃなくて「草」なんです。茎から芽を出して、成長した先で身をつけすぎて垂れ下がる。それによって果実は王冠状に実って、熟せばすごく高い糖分になるのだけれど、中に子孫を残すための種子は持たないというー…。なんのためにこんなエネルギーを蓄えた実をつけるのだろうと。その生物としての“余裕”というか、堂々とした風格がカッコイイなぁって。
つくるなら、ポジティヴなものを
バナナや昆虫は、その生命力が「成長」や「上昇」を暗示しています。僕は作品を作るなら、見た人をポジティヴな気持ちにさせるようなものを作りたい。そこには東南アジアの寺院で受けた衝撃も影響していていると思います。
東南アジアでも漆が民芸的に盛んなので、大学の研修旅行で訪れたことがありました。ミャンマーのシュエダゴン・パゴダやカンボジアのアンコールワットを観た時にすごく感動して。どちらも貧富の差が激しい国ではあるんですけれど、ここでお参りすることで皆が「より良い未来を見ようとしている」のが伝わってくる。建造物も、物理的に何かのエネルギーになるわけではないけれど、ものすごく煌びやかに作られています。
ガイドの人に「もしテロが起きたら寺院に逃げ込め」って言われたんです。「寺院の敷地内では、どんな凶悪犯も悪さをしないから」と。「ああ、この人たちには“価値を共有する何か”があるんだな」と。凄く羨ましかったんですね。現代の日本には皆が心の拠り所とする様なものはあまりないし、きっと「宗教」というものも優れた文化だったのではないかなと。
僕が作品を作るなら、そういうものを作ろうと。観た人が、少しでも明るい方向に気持ちが動くようなものを。
僕が主軸としている乾漆造形は、仏像制作にも用いられてきた技法です。尾張地方出身で元々派手好きなので、その好みは工芸加飾とも合致して、自分の中で合点がいっています。
「つくる人」として、美術の道を歩む
卯辰山卒業後は、金沢を拠点に制作をスタートできないかと考えています。制作だけに向き合える環境をつくって、もっともっと試行錯誤しながら作品を作りたい。
金沢にやってきて、受けた影響は大きいです。金沢能楽堂にお能を観に行ったりもするのですが、その文化もとても面白いなと。能面に虫を憑依させてみたらどうなるんだろうと、まだアイディア段階ですが考えていて。工芸館もあるので、様々なエキスパートの方に直接お会いできて「ここが甘いよ」など批評もいただけるし、しっかり時間をかけてお話できる。本当に恵まれた環境だと実感しています。
この有難い状況も一朝一夕に出来上がったものではなく、先輩作家の尽力や金沢市の協力によって、今に繋がっている。そう思うと、ますますやる気が出ますよね。まだ自分の作品だけで食べていくのは厳しい状況ですが、まずはこの街で「つくること」に本腰を入れて生きていきたいです。
(取材:2023年6月 撮影協力:卯辰山工芸工房)
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野田怜眞 Ryoma Noda
1995年 愛知県一宮市生まれ
2019年 東京藝術大学 美術学部 工芸科 漆芸専攻 卒業
2021年 東京藝術大学 修士課程 漆芸専攻 修了
2021年 金沢卯辰山工芸工房 入所
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