金沢、つくるプロジェクト01:Exhibition「作家のひと匙」@銀座の金沢
レポート
2023.06.25
11組の「すくう」のカタチ。そのプロセスと集大成
2022年に新たに始動した「金沢、つくるプロジェクト」。「作家のひと匙」は、記念すべき第1回目のプロジェクトとして立ち上がりました。2023年4月、その一つの集大成としての展示会が「dining gallery 銀座の金沢」にて開催されました。
「ひと匙」という、多様に解釈が可能な大きなテーマのもと、金沢を拠点に活動する工芸作家と、飲食店や調香師・食品メーカーらライフスタイル分野、計11組がコラボレーション。1年をかけて「すくう」という行為を紐解きながら試行錯誤を重ね、最終的には「ギフトボックス」として商品として提案するという企画です。クライアントワークでもなければ、「作家個人の作品」でもない。両者が対等な立場で、互いの知恵を出し合いながら時間をかけてものづくりをしていくプロセスは、(一社)金沢クラフトビジネス創造機構ならではの試みと言えるでしょう。
一体それぞれどのようなカタチを導き出したのでしょうか。本プロジェクトのディレクションを担当した、原嶋亮輔さんに案内いただきながら、展覧会の様子をレポートいたします。
来月10月14日(土)・15日(日)には、金沢駅西口にあるハイアットハウス金沢3F Hレストランでも「作家のひと匙展」が開催されるので、こちらもぜひお楽しみに。
■ 岸洸実(金工)× 旅する料理 (モロッコ料理)
こちらは金工作家の岸さんと、モロッコ料理店「旅する料理」さんのコラボレーション。当初は「スパイス匙」を念頭に話を進めていたそうですが、二人で匙を使う人のペルソナを組み立ていく中で、「スパイス匙よりも茶匙が良いのでは」という答えに行きついたそう。
モロッカンミントティーに用いられるガンパウダーと、黄金色に輝く茶匙の、エスニックな空気感が詰まったギフトセットに仕上がりました。
「岸さんがモロッコの建築などを調べる中で得たインスピレーションを、特徴的なモチーフとして茶匙の形に落とし込まれています。ここではスケッチや試作の紙型も展示していますが、この倍はつくったと聞いています。この『プロセスの可視化』とは、今回重視してもらったことの一つです。作家さんは、普段はあまりスケッチを描かずに『手を動かしながらつくる』という方も多い。けれど『デザイン的なプロセスを踏む』ということも、今後のために経験してもらえたらと考えました」
■飯岡千尋(刺繍)× 顔冬虹(漆芸)× Qure aromablend(アロマ)
こちらは「刺繍 × 漆 × アロマ」という、一見結びつかないような三人の女性作家がコラボレーションしたチーム。「香りを掬う」ということから、刺繍に漆で加飾を施したアロマディフューザーに辿り着きます。
「彼女たちは『人が共有できる香りって何だろう』を考えるところから出発しています。香りって、人によって想起される記憶はそれぞれだけれど、「春」や「秋」といった季節の香りは感覚的に共有できるのではないか。そこで、“四季”が想像される香りをブレンダーの方が調合し、春夏秋冬それぞれの香りに対するアロマディフューザーを、葉っぱをモチーフとして制作されています。」
艶やかさやマットさを備える漆から、部分的にのぞく刺繍レースの支持体。異なるテクスチャーと香りの相乗効果が、見る人の感覚を研ぎ澄ましていくよう。まさに、異色のコラボレーションならではの、常識に囚われない完成形です。
■ 木下富雄(漆芸)× 塚本美樹(四知堂 kanazawa)
金沢市尾張町にある台湾料理店「四知堂kanazawa」と、漆作家・木下さんのペア。作家に特注している同店のどんぶりに相応しい匙の姿を、一から検証したそう。揺らぎのある、どこかアジアの風を感じさせるフォルム。この日は銀座の金沢に、木下さんが在廊されており、お話をうかがうことができました。
「つくる前に『先方が本当に欲しいものは何か』、そこを探り当てるところが大変でした。一口に“掬う”といっても、その在り方は様々です。2回、3回とお話を重ねるうちに『ルーローハンに用いる匙だ』というところに辿りついて。そこから『どんなシーンで/どんな風に』と使用イメージを膨らませていくことに時間を割きました。この過程が重要で、言葉がビシッと決まるとブレないので一気に進むんです。そこから実際の形にするまでは1ヶ月程でしたね」(木下さん)
今回の展示作品はプロトタイプだそうで、ここから「擬音で表現されるような部分を詰めていく作業」に取り掛かるそう。実際の店舗でお目見えする日もそう遠くはなさそうです。
■ 大坪直哉 (漆芸)× townsfolk coffee(スペシャルティコーヒーロースター)
自家焙煎のスペシャルティコーヒーが人気の「townsfolk coffee」とコラボレーションした漆芸作家の大坪さん。「コーヒー」という要素の多いテーマから、今回は漆のストロングポイントでもある「口当たり」を掬い上げたそう。
「唇の形や、柔らかさも人それぞれ。同じカップでも、人によって感じる口当たりは異なるはずです。だったらカップの方が少しずつ変化することによって、各人が心地よい口当たりを楽しめたらどうだろう、そんなアイディアから生まれたカップです」
「わっぱ」を重ねて木地から制作するのは、普段から大坪さんがメインにしている技法。精巧に作られたわっぱに漆を重ねると、液体が漏れるということはまずないのだとか。
■廣瀬絵美(ガラス)× townsfolk coffee(スペシャルティコーヒーロースター)
同じく「townsfolk coffee」とコラボレーションしたもうお一方は、ガラス作家の廣瀬絵美さん。
廣瀬さんは、「立ちこめるコーヒーの香りを掬うためのグラス」を考案。当初はより香り高いエスプレッソに用いるカップから制作をスタートするも、「エスプレッソとなると自宅で楽しめる人が限られてくるのでは」と、途中からコーヒーグラスへとサイズアップしたそう。この「使い手目線の重視」は、プロダクト制作において欠かせない視点です。
厚みのあるグラスは、熱いコーヒーを注いでも問題なく、カップを持つ手にじんわりと伝わる温度感が心地よいのだとか。
「廣瀬さんは初めにアイディアを考えて、あとは手を動かしていきたいタイプ。だから試作の数も多かったですね。『失敗してもまた制作に使える』というガラス素材の特性も彼女にそうさせているのかもしれません」(原嶋さん)
■ 今西泰赳(陶芸)×金沢こんかこんか(鯖のこんか漬け)
鯖を糠につけた石川の郷土食「こんか漬け」と、九谷焼作家・今西泰赳さんの共作。今西さんはミトコンドリアを中心とした生物学で博士号取得しているという経歴の持ち主で、こんか漬けを生み出す“発酵”というプロセスとの“化学反応”が期待されていました。
出来上がったプロダクトは、細胞壁を思わせる器に、まるで核のようにこんか漬けが入ってパッキングされたユニークなスタイルです。
「器単体として良いものでありながらも、こんか漬けと合わせることで、よりカジュアルに提供できるようになる。例えば金沢駅でこれがお土産として販売されていたら、このセットと日本酒でちびちびやりながら東京に帰るー…なんて金沢最後の体験としても最高ですよね」(原嶋さん)
■ 市川篤(ガラス)× 金沢こんかこんか(鯖のこんか漬け)
かたや、同じく「金沢こんかこんか」とのコラボレーションで、「匙=掬うもの≒救うもの」という思考の飛躍に挑んだのはガラス作家の市川篤さん。
なんとプロダクト制作に留まらず、製造環境の改善が急務であった「金沢こんかこんか」の“工場移転”という壮大なビジョンまで作品として提出されていました。移転先候補として上がっていたのは、市川さん自身が工房を構える金沢市大野町。古くから醤油製造が盛んであった大野は“発酵のまち”としても知られます。固定観念に縛られない、作家の自由な発想力に驚かされました。
■ 大村大悟 (彫刻)× 丹尾淳二(NiOR)
金沢市のお隣・野々市市にあるベーカリー「Nior」と、彫刻家の大村大悟さんとのコラボレーション作は、オブジェとしても楽しめるような、絶妙に有機的なフォルムの匙が並びます。
「彼の肩書きは”彫刻家“ですし、制作するものもいわゆる“金沢らしい工芸ジャンル”には当てはまりません。しかしだからこそ、あえて今回参加していただいた部分もあって。領域を横断することで、互いに良い影響が生まれると良いなと」
ベーカリーの工房に何度も通う中で、大村さんの目に留まったのは、使い込まれた「木の道具」の美しさ。その感覚を「匙」として提供できる、ピスタチオペーストとのギフトボックスが誕生しました。
■ 大清水裕史(ジュエリー)× 髙橋勇太(茶道)
凛としたした佇まいの、金属の匙。こちらは茶道家の髙橋勇太さんと、ジュエリー作家の大清水裕史さんの作品です。よく見ると、匙が置かれているのはアイスクリームカップのようで…?
「“茶杓的な何か新しい道具”ということは、早い段階で二人の中で決まっていたようなのですが、『茶杓ではなく、どう茶杓的であるか?』という答えがなかなか見つからず悶々としている時期があって。そこで『抹茶アイスを掬ってみたらどうだろう?』と。試してみたら、これがなかなか良いんです、手の所作が自然と美しくなって。“道具によって引き出される人間の行為”というところまで至っていますよね」
高橋さんから出た茶道のキーワードからモチーフを抽出し、視覚化されたデザイン。柄の部分のニュアンスや絶妙な使用感は、ジュエリーという形で直接人の肌に触れる金工を続けてきた大清水さんならではの仕上がりです。
■ 大竹喜信(金沢仏壇)× 千葉諭(アシルワード)
三代続く仏壇仏具職人の大竹喜信さんと、金沢市のせせらぎ通りにあるインド・ネパールレストラン「アシルワード」の千葉諭さんとのコラボレーション。
「同じインドというルーツから流れて伝わってきた仏教とカレー。それが日本でこのような作品として融合しているところに新しさを感じます」(原嶋さん)
カレー料理のフォーマットでもある「ターリー皿」を器のモデルとしていると同時に、小皿には修行僧が持ち歩く「応量器(おうりょうき)」の形をヒントにしているそう。
また、3種類あるプレートのうち、一つには「木目沈金」という技法が施されています。
「仏壇制作ではよく使われる技法ではあるけれど、形やシーンが変わるだけで“急にモダンに見える”というのも、工芸の面白いところですね」
■ 藤田柚子 (漆芸)× 石川亜矢子 (植物療法士)
そして展示作品最後の紹介となるのは、漆芸作家の藤田柚子 さんと、植物療法士の石川亜矢子さんのコラボレーション。二人が語り合う中で導き出したのは「“ちょうどいい”を通して自分を知るための匙」なのだとか。
「石川さんがブレンドしたハーブミックスからインスピレーションを受けて、そこに合う器を変わり塗りで表現されています。こちらは試作品で、今後はゴム製のパッキンの取り付けなども検討していく予定だそう。より使用感の方を検討されていくことでしょう。完成形が楽しみです」(原嶋さん)
時間をかけて、共に考える
「この展覧会をゴールに終わってしまうのではなくて、ここからそれぞれのチームで制作を続けていただけたならすごく嬉しいですね。実際に、今回のコラボレーションをきっかけに、別商品の制作オーダーが生まれているチームもあります。
“普段の自分ではやらないこと”に挑むのは、時にはやりにくさを伴うこともありますが、あえてそこにトライすることで、新たな気づきが一つでもあることに期待していました。そういう意味では、皆それぞれに色んなものを拾ってくれたのではないかと感じています」(原嶋さん)
一年という時間をかけた「作家のひと匙」プロジェクトの集大成。普段は閉じたところで進められることが多い制作過程が、途中経過も踏まえながら、プロジェクトとして展示されることによって、エンドユーザーからのフィードバックも得られたといいます。
「プロセスをみせる展示形態が実現したことで、来場者の方も同じように“掬う”行為を考え、一緒に検討・検証し、さらにはユーザー目線のご意見をいただけてるように感じました。なかには、想像力を膨らませてくださる方もおり、次の制作のアイディアや出会いのきっかけを与えてくれる方も。時間をかけて取り組んできた、真剣なものづくりだからこそ、そういう出来事が生まれるのだと思います」と話すのは、原嶋さんと共に「作家のひと匙」のプロジェクトマネジメントを担当してきた宮越文美さん。
今秋10月14日(土)・15日(日)の2日間、金沢駅西口にあるハイアットハウス金沢3F Hレストランにて「作家のひと匙展」が開催されます。今回は試作段階だった製品もさらにブラッシュアップされて登場予定。完成品としてのギフトボックスがどのような形になるのか、今から楽しみでなりません。ぜひ続報にご期待ください。
(取材:2023年4月19日 撮影協力:銀座の金沢)
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