インタビューvol.40 常盤杏奈さん(ガラス作家)
インタビュー
2026.10.26
ガラスのエネルギーと、かけがえのない時をカタチにとどめて
【目次】
・「ガラスに描く」独自の絵画的表現
・“ガラスのエネルギー”を、一番感じた「吹きガラス」
・“ガラスのまち・富山” で、視点を変えながらキャリアを積んで
・独立の地として選んだ金沢「牧山ガラス工房」の存在
・植物からもらったエネルギーを、ガラスに込めて届けたい
・「むしろ、今でよかった」金沢卯辰山工芸工房への入所
・新しい表現への「実験」を重ねられる環境
・「忘れたくない瞬間」をボトルにとどめて
・ガラスを始めた原点、「ガラスを用いた絵」をカタチに
・今が、新しいことを取り入れる「絶好のチャンス」
“国内唯一の工芸に特化したアートフェア”として知られる「KOGEI Art Fair Kanazawa」。記念すべき第10回となる「KOGEI Art Fair Kanazawa 2026」が2026年11月27日(金)〜11月29日(日)の三日間にわたり、ハイアットセントリック金沢にて開催されます。
今回は「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」から同フェアに出品する、ガラス作家・常盤杏奈さんへのインタビューです。生命力溢れる植物のオブジェや、ガラスを用いた絵画的表現が人気の常盤さん。指導員や作家としてのキャリアを重ね、結婚・出産なども経て、2026年に金沢卯辰山工芸工房に研修生として入所しました。このタイミングでの入所の理由や、制作への想いなどをうかがってきました。


「ガラスに描く」独自の絵画的表現
ーー常盤さんは倉敷芸術科学大学の「ガラスコース」に入学されています。つまり、高校生の時点でガラスの道を進むことを決めていたことになると思いますが、まずはガラスとの出会いからお聞かせいただけますか。
常盤:はい。私は昔から絵を描くことが好きで、元々は画家を志していました。でも絵を描くといつも何かモヤモヤした感覚が残って、満足できずにいました。
そんな中、高校生の時にフンデルト・ヴァッサーとサム・フランシスという二人の画家を知り、とても影響を受けました。彼らの絵には、色の滲みや重なり、透明感など、どこか「光を感じる」ような心地良さがありました。
「これはガラスを見ている感覚と似ているな」と気づいてから、素材として興味を持ち始め、やがて「ガラスを使って絵を表現したい」と思うようになりました。以来、私の制作の根底には常にこのモチベーションがあります。

“ガラスのエネルギー”を、一番感じた「吹きガラス」
ーー「ガラス」といっても様々な技法がある中で、「吹きガラス」を選ばれた理由とは?
常盤:ガラスの“エネルギー”のようなものを一番感じられたのが、私にとっては吹きガラスだったんです。
ガラスは「非晶質」に分類されます。つまり、結晶として固まっているわけではなく、構成する原子や分子がバラバラで不規則な状態のまま「動きが止まっている」というような状態。液体とも個体ともつかないような不思議な物質なんです。
炉の中でドロドロに溶けたガラスは、本当に生き物のようで、制作中はそのエネルギーをダイレクトに感じます。だから固まった後も、そのエネルギーが失われずに、作品の中で持続しているように私は思うんです。

常盤:夏の窯場は50℃近くなることもあり、こちらも大汗をかきながら集中して制作に挑みます。もはやスポーツをしているような感覚に近く、終わった後はサウナに入ったような爽快感に包まれることも(笑)。
体力も使いますし、作業はスリリングで緊張感もあるのですが、様々な偶発性を取り込みながら「その瞬間の美しさ」がわかりやすくカタチに現れるのが、吹きガラスの良さだと思っています。

“ガラスのまち・富山” で、視点を変えながらキャリアを積んで
ーー大学を卒業された後は、富山ガラス造形研究所の研究科に入られています。
常盤: 大学4年間では、ガラスの基礎を学ばせてもらいました。これから自分の作品を形づくっていく上で、もっと技術を深めたいと思った時、大学院に進む選択肢もありましたが、私は「もっといろんな世界を見てみたい」と思いました。
富山ガラス造形研究所は海外とのネットワークも強く、外国人の先生が常勤されていて、海外から講師を招いた講演やワークショップもあります。カリキュラムもとても刺激的で、この2年間でガラス造形に対する視野が大きく広がったように思います。

常盤:研究所を卒業した後は、「富山ガラス工房」のプロダクト部門で3年間勤めました。工房での仕事は、ただ商品をつくるだけでなく、クライアントとの打ち合わせから、オリジナル商品の開発、企画展示、講座での指導まで多岐にわたります。独立に向けて、実践的な経験を積ませていただきました。
工房を退職した後、「ガラス教育の現場でも経験を積んでみたい」という想いがあり、母校である「富山ガラス造形研究所」で教務助手として3年間勤めました。「人に教える」ということは自身を見つめる上でも貴重な経験になったと思っています。

独立の地として選んだ金沢
「牧山ガラス工房」の存在
ーー富山でキャリアを積まれた後、作家として独立する場として「金沢」を選ばれたのはどうしてですか?
常盤:「牧山ガラス工房」(金沢市が運営している公共の貸し工房)の環境が、私には合っていたということが大きいです。
私はガラスに絵を描いている時間が多いので、独立に際しても自分で築炉することは考えておらず、レンタル工房で検討していました。中でも牧山の自然豊かな環境と、ベンチ数(※)が比較的少ないところが、なんだか自分に合っているなと。
※ベンチ数…吹きガラスの工程で作業を行う専用の作業台の数。 ガラス工房の規模や、同時に作業できる最大人数を測る指標にもなる。

ーー牧山の存在が大きかったんですね。富山は「ガラスの街」とも称されますし、ガラス工芸に関しては、金沢以上に盛り上がっている印象がありました。
常盤: 確かに街としてのガラスの盛り上がりは、富山の方があるかもしれませんね。伝統工芸の長い歴史がある金沢では、ガラスはまだまだ新しいジャンルだということもあると思います。
富山ではアートとして作品制作をする作家が多い一方、金沢では日用品など、暮らしに根ざしたものづくりの実践的なスキルもいろいろと学ばせていただきました。それぞれの街で、異なる学びがありましたね。

植物からもらったエネルギーを、ガラスに込めて届けたい
ーー独立後、ご自身の表現を模索される中で、常盤さんのシグネチャーともなっている「植物」をモチーフとした作品が生まれたきっかけを教えてください。
常盤:植物は私自身すごく好きで、家にもたくさんの植物があるのですが、作品として制作し始めたのはコロナ禍の頃でした。家で過ごす時間が増える中で「空間に緑があるとエネルギーをもらえるな」と改めて感じて。
「植物からもらったエネルギー」を、同じく「エネルギーを持つガラス」という素材に込めて、私も誰かに届けられたら。そんな思いから、植物や動物をモチーフとした作品を制作しています。


「むしろ、今でよかった」金沢卯辰山工芸工房への入所
ーー独立後、結婚・出産という人生の転機を経て、2026年に「金沢卯辰山工芸工房」に入所されています。改めてこのタイミングで応募されたきっかけを教えてください。
常盤:金沢卯辰山工芸工房はずっと気になっていた存在で、これまでも何度か応募を考えたことがありました。けれど、教育機関で働くことや、工房に勤めながら技術を身につけること…その時々のやりたいこと、やるべきだと思ったことを順番にやっていたら「今になった」という感じです。
子どもが生まれたことも、一つ大きかったと思います。出産後は思うように制作ができない時期が続き、完成させたいものが見えているのに時間をかけられない…そんなもどかしさを感じていました。
「どうしたら制作に時間をあてられるようになるか」を思案していたときに、改めて浮かんだのが金沢卯辰山工芸工房だったんです。

常盤: 金沢卯辰山工芸工房には35歳までという年齢制限があるので、タイミングとしては本当にギリギリでしたね(笑)。
でも、さまざまな経験を経た今だったからこそ気づけることがたくさんあって。この環境がどれだけ恵まれていて、ありがたいかということも、学生からすぐ入所していたら今ほどには感じられていなかったんじゃないかと。時間の使い方や集中の仕方も、これまでとは違ってきました。だからこそ「むしろ今でよかった」と、私自身思っているんです。

新しい表現への「実験」を重ねられる環境
ーー金沢卯辰山工芸工房に入って、よかったと感じることはありますか?
常盤: 色々とありますが、やはり「新しい表現に挑戦するための実験ができる」ということが大きいと思います。
レンタル工房では、当然ながら使う時間に応じて費用が発生しますし、どうしても依頼されている“目の前の仕事”を優先してしまいがちで、なかなか“新しい実験”に時間をかけられませんでした。
その点、ここでは週6日、午前9時から午後5時まで自由に工房を使わせていただける。思いっきり制作ができる喜びを、日々かみしめています。


「忘れたくない瞬間」をボトルにとどめて
ーー金沢卯辰山工芸工房に入所して、新たに生まれた作品について教えてください。
常盤: この栓付きのボトルシリーズは、こちらに来て始めたものの一つです。もともと瓶の制作はしていましたが「栓付き」になったのには、出産を経験したことも関係しています。妊娠中「自分の体の中に何かがいる」ということ、そして「それが外に出てくる」ということが、とても不思議で興味深かったんです。
そして、小さい子どもを育てていると、本当に時間があっという間に過ぎていく。愛おしい、忘れたくないと思う瞬間も、次々と更新されてだんだん薄れていってしまう。また、大好きだった義理の母が亡くなったことも大きく影響しています。「忘れたくない感覚」や「その瞬間の気持ち」「匂い」…そういったものを“閉じ込めておきたい”という想いをこのボトルに込めています。

ーー常盤さんのガラス作品はやはり絵画的表現が魅力的です。これらはどのような技法で制作されているのでしょうか?
常盤: 「エナメル絵付け」という技法です。ガラス質の粉末が含まれた顔料をメディウムで溶いて色をつけ、それを550度前後で焼成して定着させます。この工程を何度も繰り返しながら、絵を描いていきます。
ーーアンティークのような独特の質感があるものは、どのように表現されているのですか?
常盤: ガラスにボンドで絵を描き、その部分をサンドブラスターで削っています。古いものがまとう空気というか、密度のようなものも作品に取り入れていきたいと思っています。


ガラスを始めた原点、「ガラスを用いた絵」をカタチに
常盤:そしてもう一つは、「ガラスの絵」です。一度は試みたこともありますが、その時は納得のいく形まで持っていくことができず、ずっと頭の片隅に作りたい想いがありました。「ガラスを用いた絵」「ガラスを通して見る世界」というものを、表現したくてこの道を選んだわけですが、ずっとやりたかったことに今真正面から向き合えている感覚です。
ーー分厚いガラスの揺らぎの向こうに絵画を見る感覚が新鮮です。ガラスを用いた、こうした絵画表現は珍しいのでしょうか?
常盤: あまり目にしないですね。こちらは先にガラスを鋳込み、それに合わせて裏側から絵を描いています。ガラスを流し込んでいる時点で、すでに絵を描いている感覚なんです。
この作品を早く発表したい気持ちもありますが、誰もやっていないものだからこそ、しっかり時間をかけて、ちゃんと「ものとして確立」させたい。焦らず、時間をかけて完成度を高めていきたいと思っています。

今が、新しいことを取り入れる「絶好のチャンス」
ーーそんな常盤さんの最新作がKOGEI Art Fair Kanazawa 2026に並びます。どんなことを期待されていますか?
常盤: KOGEI Art Fair Kanazawaは、以前から観客として足を運んでいて、いつか自分もここに出品したいと思っていた憧れの舞台です。
会場では、とにかくたくさんの方の意見を聞きたいと思っています。作家として活動する年数が長くなってくると、どうしても耳に入ってくるのは、自分の作品を気に入ってくださる方からの意見が中心になりがちです。だからこそ、異なる視点を持つ方の意見も聞いてみたい。そういう意味では、金沢卯辰山工芸工房の「講評会」も、とても新鮮でありがたい場だと感じています。
私自身、金沢卯辰山工芸工房には一から始めるような気持ちで臨んでいるので、今は新しいことを自分の中に取り入れる絶好のチャンスだと思っているんです。
人生には限られた時間しかないからこそ、今しかできないことや、じっくり向き合いたいことに、しっかり時間をかけたい。そんなわがままを叶えてくれるのが、この金沢卯辰山工芸工房だと思っています。

(取材:2026年9月)
<Profile>
常盤杏奈 Anna Tokiwa
1990年 愛媛県生まれ。
2013年 倉敷芸術科学大学芸術学部美術工芸学科ガラスコース卒業
2015年 富山ガラス造形研究所 研究科修了
2015年-2018年 富山ガラス工房勤務 制作スタッフ
2019年 富山ガラス造形研究所勤務 助手
2022年 石川県を拠点に独立
2026年 金沢卯辰山工芸工房 入所
Instagram:https://www.instagram.com/p/Cujj7VOPSwi/
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