インタビューvol.32_加賀金工作家協会(浦中廣太郎さん、前田真知子さん)
インタビュー
2026.01.27
継ぎ、鍛えて、磨き上げ。地道な鍛錬が広げる “金工の裾野”
【目次】
・無機質な「金属」から生み出される、多彩な表現
・かつての“加賀藩エリア”の金工作家が集って
・激動の時代を超えて、受け継がれてきた技術
・金工の制作工程は「謎だらけ」?
・「手を動かす仕事」に就きたくて
・一時は、危機にあった「加賀象嵌」の復活
・華やかさと堅牢さを備える「加賀象嵌」
・“苦しさ”の先に待ち受ける“感動”の余韻
・金工は「すべてが形として現れる」
・「金属」という素材が希求する“完成度”
・金工における絵画的表現を求めて
・金工は独立するのが難しい?
・「制限」があるからこそ生まれる「表現」
・“循環”していくもの、金属がもつ“記憶”
・「金工」の裾野が、より広がって行くように
今年で創立50周年を迎える「加賀金工作家協会」。藩政期に加賀藩であった金沢・高岡などの金工作家を中心に設立された団体です。50周年を記念して、2026年1月31日から3月26日まで、「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」にて「加賀金工作家協会50周年記念展」が開催されます。協会の中でも若手作家が出品する同展、今回は出展作家の中から浦中廣太郎さんと前田真知子さんへのインタビューです。


取材日には、協会が年に一度開催している「第51回 加賀金工作家協会展」が香林坊大和でちょうど開催されており、まずはそちらで所属作家の作品を拝見してからお話をうかがいました。

無機質な「金属」から生み出される、多彩な表現
ーー「金工」と一口にいっても、作品は実にバリエーション豊かですね。「金属」という無機質なイメージの素材から、これだけ多様な表現が生まれてくることに驚きました。
前田:そうですね。大きく分けて「鋳金/鍛金/彫金」(※1)の三つの分野はまとめて「金工」と呼ばれていますが、加賀金工作家協会にもそれぞれの作家さんがいらして、さらに細かく見れば七宝(※2)や砂張(※3)など、多様な技法を用いる作家さんがいらっしゃいます。
※1 鋳金(ちゅうきん)…金属を溶かし、型に流し込んで成形する技法。/鍛金(たんきん)…金属板を叩いて成形する技法。/彫金(ちょうきん)…金属の表面を彫って装飾する技法。
※2 七宝(しっぽう)…金・銀・銅などの金属に、ガラス質の釉薬を焼き付ける技法。
※3 砂張(さはり)…銅を主成分とし錫を多く含ませた響銅と呼ばれる銅合金で、優れた音響特性から、仏具、茶道具、風鈴などに用いられる


かつての“加賀藩エリア”の金工作家が集って
ーー協会には石川だけなく、富山の金工作家さんも所属されているのですね。
浦中:そうですね。“加賀”金工作家協会なので、かつて「加賀藩」の領地であった金沢や富山から金工作家を集めたとうかがっています。特に高岡は鋳物のまちですし、現在でも制作の上で互いにつながりがあります。ちなみに私たちはまだまだ協会の新参者なので、歴史などについては、ぜひこちらにいらっしゃる村上先生におたずねいただけたら。

ーー村上先生、協会設立の経緯についてよければ教えていただけたら。
村上:はい。加賀金工作家協会は昭和50年(1975年)、初代会長である高橋介州先生を中心として設立されました。なので2025年で50周年ですね。高橋介州先生はもうお亡くなりになられていますが、現協会会長の中川衛先生の“師匠”にあたります。設立経緯としては加賀藩以来の金工文化の系譜を現代につなぐことを主な目的として設立されています。
伝統産業として金工が盛んな地域は色々とありますが、加賀は藩政期から金工以外にもさまざまな工芸と隣り合いながら文化を育んできた華やかさがあると思っています。現在は33名の方が在籍しており、人数としては決して多くない中でも魚住為楽先生や中川衛先生と人間国宝の方が2名もいらっしゃいますし、作家のレベルも高いと思いますね。

激動の時代を超えて、受け継がれてきた技術
ーーカタログに掲載されている「設立趣旨書」に、「事ここに至るまでに、われわれ各種金属作家のために辛酸ははかりしれないもの」「業界は壊滅的な打撃を受け、まさに絶滅の一歩手前にまで至った」とあります。なかなかにご苦労がうかがえる文面ですね。
村上:そうですね。藩政時代には隆盛を誇った加賀の金工技術ですが、武家社会の崩壊と共に多くの金工師たちが廃業し、特に戦時中は金工作家としての仕事は全くといっていいほどに無くなりました。技術を継いでおられた方も高橋介州先生を含めて本当に数人だったとうかがっています。そもそも戦時中は「金属」はまず供出させられた素材でしたし、作家自身も出兵せねばならず、高橋先生もこの時期は陶器製手榴弾の設計を依頼されていたと記事で拝見したことがあります。

ーー確かに「金属」は戦争にとられる素材の筆頭ですね。戦後30年に加賀金工作家協会が設立されていますが、今日では茶道具やアートなど、平和の象徴のような作品が金属でつくられていることにも感慨を覚えます。
村上:そうですね。近頃は協会に若い作家さんが増えて頼もしい限りです。「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」での展示も、40代以下の若手作家の作品を集めたものです。私たちとしても、高橋先生はじめ先代の方々から受け継いだものを発展させていきたいですね。

金工の制作工程は「謎だらけ」?
ーーありがとうございました。ここからはその“若手作家”を代表して、浦中さんと前田さんにお話を伺っていきたいと思います。先ほど会場で作品も拝見させていただきましたが「金工」って、工芸の中でも「どうやって作られているのか想像がつかない」ものの上位な気がしています。あの硬い金属で、どうやってこの自在な表現がなされているのか…?ブラックボックスというか、謎でしかないです。
前田:いや、そうだと思いますよ。私がやっている象嵌(※)などは特に想像がつかないと思います。私自身学生の頃、「自分が今何をやっているのか」わからずに制作していたくらいですから(笑)。
現在、体験型のワークショップなどで講師として教えさせていただくこともあるのですが、象嵌はじめ金工を少しでも知っていただこうというか、裾野を広げていけたらという思いで取り組ませていただいています。
(制作の実演動画は、加賀象嵌の保存・普及・後継者育成事業などを行っている「(公財)宗桂会」のこちらの動画からご覧いただけます)
※象嵌(ぞうがん)…金属・陶磁器・・木材などに、模様などを刻み込んで、そこに金・銀その他の材料をはめ込む技法。象は「かたどる」、嵌は「はめる」と言う意味があり、金工象嵌・木工象嵌・陶象嵌等がある。今回出てくる「象嵌」は全て金工象嵌を指す。

金沢市希少伝統産業加賀象嵌・彫金専門塾講師なども務め、体験型のワークショップも定期的に行い、金沢の工芸・金工の文化振興・活性化に尽力している。
「手を動かす仕事」に就きたくて
ーーそもそも前田さんが金工の道を志された理由をお聞かせ願えますか?
前田:小さい時は洋服のデザイナーに興味があったのですが、自分は考えたりするよりも「手を動かすこと」が好きだなと思い、「加賀友禅」をやってみたくて工芸科がある石川県立工業高校に進学しました。そこでは友禅はじめ、焼物・漆などを一通り体験するのですが、実際にやってみると私には友禅があまりピンとこなかったんですね。
「あれ、どうしよう」と進路を迷っている時に、先生が美大への進学を勧めてくださり、美大進学コースに入って高校時代はデッサンを頑張っていました。そして金沢美術工芸大学に入学した頃には色々と心変わりを繰り返しておりまして(笑)、江戸時代の髪留めや帯留などの「装身具」に興味を持っていたんですね。そういった小物を作るとなると、「漆」か「金工」かなと。漆にはすごくかぶれてしまったので「じゃあ金工で」という感じで、当初は本当に“なんとなく”で決めたんです。

一時は、危機にあった「加賀象嵌」の復活
前田:それで金工コースに入ったのですが、「明日から象嵌の授業が始まるよ」と言われた時に「“象嵌”って何ですか?」と聞き返したら、先輩にめちゃめちゃ怒られて(笑)。
ーー象嵌というと、やはり「加賀象嵌」が有名ですもんね。
前田:そうでしょう。金沢美術工芸大学は金工コースで「象嵌」をしっかりと教えていて、全国的にも珍しいんですよ。でも私が学生の時 ーもう20年くらい前になりますがー 「加賀象嵌」というものが、一般的に認知されていなかったというか、あまり知られていなかったんです。金沢で生まれ育って、高校で工芸を専攻していた私も知らなかったくらいなので。
石川県の「希少伝統工芸」にも加賀象嵌は指定されていて、一時は技術の継承者が1~2名になった時期もあったとうかがっています。けれど、中川衛先生はじめ先輩方の奮闘があり「加賀象嵌」の名も、今ではかなり広まったと感じています。

華やかさと堅牢さを備える「加賀象嵌」
ーーちなみに「加賀象嵌」とはどういった特徴があるのでしょうか?
前田:まず「象嵌」というと京都や熊本も有名ですし、世界各地にも古くから象嵌技術はあります。なので一口に「象嵌」といっても種類や技法も色々ありまして、大きくは「布目(ぬのめ)象嵌」「高肉(たかにく)象嵌」「平象嵌(本象嵌)」などに分けられます。
「加賀象嵌」は元々「鎧(あぶみ)」などの武具に用いられていた技法で、分類としては「平象嵌」になります。地金に楔型(くさびがた)の溝を彫り、その中に貴金属を打ち込む特殊な工法で、一旦打ち込んだ貴金属は絶対に剥がれ落ちないという堅牢さも備えています。平象嵌は模様部分の金属が地金と同じ高さになるように仕上げる技法なので、表面がつるりとなめらかな仕上がりが特徴です。
さらに、その紋様が何層にも重ねられてできていて、技法としては「重ね象嵌」とか「鎧象嵌」というのですが、“何層にも重ねられた複雑で繊細な紋様”も加賀象嵌の特徴といわれています。
ーーなるほど。華やかさだけでなく堅牢さも備えているところが、武家文化らしいですね。


“苦しさ”の先に待ち受ける“感動”の余韻
ーー前田さん自身も加賀象嵌の技法を用いて作品制作を続けておられますが、象嵌のどんなところに惹かれたのでしょうか?
前田:なんというか、象嵌ってすごく“難しい”んですよ。先ほどもお話したように、当初は「今自分が何をやっているのかすらわからない」状態で、とにかく目の前の作業を正確にやることに一生懸命でした。
けれど、初めての課題の最後の工程に着色の作業があって、薬品に浸すことで金属を錆びさせ発色させるという工程なのですが、その作品が上がってきた時、もうめちゃめちゃ感動したんです。
「長い時間をかけて、私はこれを作ってたのか…!こんな素晴らしいことをやっていたんだ!」と、その時に初めてわかって。あの感動が、制作の原動力になっている気はしますね。

浦中:すごくわかります(笑)。あの瞬間にはなかなかの感動がありますよね。「着色」の作業は、鋳金・鍛金・彫金を問わずどの技法においても“最後のプロセス”としてあるんです。そこに辿りつくまでの工程はとにかく手間と時間がかかって‥板を切って“ろう付け”をして、何度も磨いて火にかけて、歪みを取ってを繰り返して。どの工程もしっかりできていないと指紋がついていたりとやり直しになる。
けれど全てを上手くクリアでき、最終的に大根の汁を塗ったりなんだりして薬液につけると…“ふわっ”と見事に発色するんです。あの瞬間は今だに「おおっ…!」となりますね。逆にいうと「楽しい時間」はここだけで、他はずっと苦しいのですが(笑)。

金工は「すべてが形として現れる」
ーーでは次に浦中さんが金工に出逢われた経緯をお聞かせいただけますか?
浦中:僕は和歌山県の生まれなのですが、和歌山には「伝統工芸」と呼ばれるものがほとんどなくて、工芸や美術に対する意識というのはそんなに高くない地域なんです。
でも実家が喫茶店で、そこではギャラリーのようなこともしていたので「美術って面白そうだな」と。手を動かしてものをつくるのが好きだったので「自分は工芸かな」と思い、東京の美術予備校に入りました。たまたまそこの先生が鍛金をされていて作品がすごくカッコよかったので、「美大に行ったら金工をやろう」とすでに決めていました。

ーーそれで東北芸術工科大学に入学されて、さらに金工で院まで進まれていますね。
浦中:はい。学部に入って、1年次にひと通りの工芸ジャンルに触れるのですが、やっぱり金工が一番面白かったので、そのまま続けている感じです。
ーーどのあたりを「おもしろい」と感じたのでしょうか。
浦中:金工って、工芸の中でも「自然にまかせるタイミング」みたいなのがほとんどないんですよ。焼物みたいに窯に入れるわけでもないし、漆のように乾かす時間もなくて、ずっと手元で触っていられる。
その分「全て自分の責任」というか「やったらやった分だけ形になって現れる」。そういう感じが自分の性に合ってるのかなと。
前田:確かに、金工は“努力が目に見える”という分野ではあると思います。その分、手を抜いたらそれもそのまま如実に現れるという‥(苦笑)。

「金属」という素材が希求する“完成度”
ーーでは「窯に入れたら偶然いい表情になった」など、“思いがけぬラッキー”のようなものは金工ではあまり起こりえないわけですか。
前田:そうですね。金工の場合は「失敗が上手く転ぶ」ことはほぼないと思います。「この歪みがいいね」とはなりにくいですし、クラフト感ある雰囲気を成立させるにも、また別の技術とセンスが求められてくるのですごく難しいんです。
浦中:例えば焼物なら歪みもまた「味」になるところがあると思うのですが、金工だと、どういうわけか「ただ歪んでる」という風に見えてしまう。僕も大学時代よく先生方に詰められました(笑)。金属という素材自体が、工業製品のようなシャープなイメージを伴っているからなのかもしれませんね。

金工における絵画的表現を求めて
ーーちなみに浦中さんの作品は紋様が描かれているものが多いですが、これは象嵌なのでしょうか?
浦中:いえ、象嵌ではないんです。僕は金属で絵画的な表現をしたかったのですが、工芸の中でも金工は「描きにくい」分野であると思います。例えば漆なら「蒔絵」など描くための手法が色々とありますが、金工だと「象嵌」しかなくて、象嵌は時間がかかりすぎる。そこで「他の方法でも描けないか」と試行錯誤していたのですが、学部だけではとても時間が足りず、院まで進むことにしました。

金工は独立するのが難しい?
ーー院でもご自身の技法の探求を続けられていたのですね、では金沢卯辰山工芸工房に入所された理由は。
浦中:院を卒業して、すぐに独立できなかったというのもあります。金工、特に僕がやっている鍛金は制作過程で大きな音が出るので、“近所で気軽に”という感じでは始められないというか。それで制作する場を求めている時に、金沢卯辰山工芸工房の存在を知り、応募させていただきました。
ーー金工は焼成窯など大きな設備が必要ない分、独立しやすいジャンルなのかと思いきや、難しさもあると。
浦中:そもそも産業として成立している工芸には人は集まりやすいですが、金工は現代の生活で手作りのものを目にする機会は少ないですよね。昔は「行平(ゆきひら)鍋」なども金工の分野でしたが今はほとんど機械で作られています。
なので、他の工芸分野に比べて相対的に作家が少ないのかもしれません。僕自身卒業後も秋田の美大の助手をしたり、金沢卯辰山工芸工房の専門員を兼任しながら最近まで制作を続けてきました。そして今頭が痛いのは金属の値段の高騰ですね。怖いぐらいに値上がりしているので果たしてこの先どうなるのか…。

ーーそういう意味でも、工芸の中でも人数が少ない金工作家同士が“寄り合える場”としての協会の存在は心強いですね。ちなみに協会では普段どんな活動をされているのですか?
浦中:活動としては今回のような年に一度の展覧会と、2年に一度の研修会ですね。今年は広島に行ってきました。広島は銅器製造や造船など、昔から金属加工技術が高い土地なので。技術的な視察はもちろんですがお城などの史跡も訪れて、皆でわいわいしてきました(笑)。食事会の場も「あの作品ってどうやって作ってるんですか?」「どこの鋳物屋さんにお願いされてます?」など、作家同士の貴重な情報交換の場になっています。
「制限」があるからこそ生まれる「表現」
ーーお二人の作品コンセプトをお聞かせいただけますか。まずは前田さんからお願いします。
前田:金工って色々と「制限」があるんですよ。まず色数も「黒/グレー/赤茶/金/銀」の大きくは五色ですし、工程的にもできることも限られてくる。けれどその“制限”がある中で「どうやって自分らしさを出していくか」ということは考えますし、それぞれの作家が一生懸命になっていることだと思います。

前田:そして制作する上で大切にしたいと思っているのは、やはり「技術」。私は「手を動かしてつくる」ことが好きで、他の作家さんのように作品に何か深いコンセプトを込めているわけではないんです。ただ、自分が思い浮かべる「イメージ」や「完成予想図」に「いかに近づけるか」の勝負というか。
元々が飽き性なので「いつかは飽きるかもしれない」と思いながらやってきましたが、全く飽きるということがなく。いつまで経っても「完成予想図」に届かなくて、もどかしい。もし超えられた瞬間が来たら「やめてもいい」と思えるのかもしれないけれど、今のところ来る気配はないですね(笑)

“循環”していくもの、金属がもつ“記憶”
ーーでは浦中さんの作品テーマをお聞かせください。
浦中:僕が育った和歌山県は、すごく雨が多い地域なんです。温暖化で少し気候は変わっているといいますが、子どもの頃はほぼ毎年台風も通っていました。なので、僕の中に「雨」や「風」といったイメージが自分の中にすごくあったんです。さらに大学時代住んでいた山形が雪深い地域だったこともあり、水や雨、雪といったものをモチーフに作品を制作しています。


浦中:それに「金属」と「水や雨」ってどこか通ずるものがあるなと。雨は降ったあと蒸発して雲になり、また雨や雪になって循環している。金属も溶かされて「何か」になり、また溶かされて循環していく素材です。その両方が持っている「記憶」のようなものを、作品に落とし込めたらと思いながら制作しています。

「金工」の裾野が、より広がって行くように
ーー1月には協会の50周年記念として「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」で展示があります。最後に抱負をお聞かせいただけますか?
浦中:工芸における「超絶技巧」が流行ったあたりから、「金工」が再び注目されてきているような気がしています。金工は細かく作っても形が崩れにくく、どこまでも突き詰めて制作していける素材なので、そういったものとも相性が良いのかなと。 加賀金工作家協会も若い作家が増えているので、金属という素材での多様な表現を知っていただき、それによって業界自体が盛り上がってくれたらいいなと思っています。
前田:そうですね。「金工の全ジャンルが集まっている」といっても過言ではない加賀金工作家協会です。協会としても県外での展示は初めてだとうかがいましたし、さらには銀座という、多くの方の目に触れる場で展示できることを大変嬉しく思います。これをきっかけに、加賀の金工文化の裾野がさらに広がっていくといいですね。

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「加賀金工作家協会50周年記念展」
日 程:2026年1月31日(土)~3月26日(木)
場 所:KOGEI Art Gallery 銀座の金沢 1階
出展作家:浦中廣太郎、前田真知子、笠松加葉、久米圭子、上田剛、中島ゆり恵
※1/31 15:00~ 展示作品、技法に関する説明を行うギャラリートークを開催
登壇者:浦中廣太郎、前田真知子
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