インタビューvol.21 上端伸也さん(九谷焼作家)
インタビュー
2024.10.22
自分の「色」を見つけ、花ひらいた「作風」
まちなかのホテルを中心に、金沢の若手作家らによる個性豊かな作品を展示する「都心軸KOGEIプロムナード」。2024年度も10月19日 (土)〜 11月24日(日)の間、金沢市内12ホテルを舞台に展開されています。陶芸・金工・染色・漆芸など、多彩な工芸ジャンルからの出品がある中、今回のジャーナルは出展作家の一人である九谷焼作家・上端伸也さんへのインタビューです。上端さんは九谷焼独自の細描技術を展開し「葡萄茶彩描(えびちゃさいびょう)」という独自の技法を編み出し、成形から絵付けまで一貫制作にこだわって制作されています。今回は職人から作家への転身や、自身の「作風」が生まれるまでのストーリーなどをうかがってきました。


「作家」ではなく「茶碗屋」になりたくて
工芸の道に入るきっかけは、石川県立工業高等学校の工芸科に入学したことだと思います。当時は将来は大工や建築デザインに関わる仕事がしたいと思っていたので、ものづくりを学べる工芸科を選んだのですが、様々なコースを体験する中で「陶芸」が僕にとっては一番面白かったんです。
元々絵を描くことも好きだったし、形をつくることも楽しい。そこで卒業後はすぐに九谷焼技術研修所に入所しました。そこでは赤絵細描の巨匠のお一人・福島武山先生の授業を受ける機会があり、九谷焼の「赤絵細描」に出会います。元々細かい作業が好きだったこともあり「細描」という技法に惹かれていきました。

ただ、当時は「作家になろう」とは全く思っていなくて。「職人」というか「茶碗屋」になりたかったんです。なので卒業後は弟子入りなどはせず、すぐ九谷焼の窯元に就職しました。
「茶碗屋になりたい」と思うようになったきっかけは、高校の授業で制作した焼物を友人のお母さんにプレゼントした時のこと。すごく喜んで使ってくれて「自分が作ったもので、誰かが喜んでくれる」そのことに感動したんですね。ものづくりの道を進むことを決意したルーツがそこにあるので、日用の食器をつくる“いち茶碗職人”として生きていけたらいいなと思っていたんです。

職人も作家も「自分が作ったもので喜ばれる仕事」
同期達がどんどん作家として独立していく中でも「自分はこの道がいい」と本気で思っていました。けれど時が経つ中で、どこか焦りのような気持ちが芽生えていた部分も正直あって。仕事のかたわらアパートで個人の作品をつくって公募展にも出したりもしていたのですが、その時は自分の中でも「これだ」と思えるような作品がつくれず、落選が続いていました。
そんなある時、地元の小さなギャラリーで三人展を開催したんです。自分が作ったものをお客さんがすごく喜んで購入してくださって。それで急に火がついたというか、ものづくりの道に入る原体験とも重なって「作家としてやってみたい」と強く思うようになりました。

旅先で突然訪れた、「作風」が生まれる瞬間
その頃ちょうど結婚をして、新婚旅行でヨーロッパに行くことになったんです。海外旅行にはそこまで興味がなかったのですが、フランスで訪れたノートル・ダム大聖堂で、これまで経験したことがないくらいの衝撃を受けて。
聖堂に足を踏み入れてバラ窓を見上げた瞬間、これまで自分の中で溜めていたアイデアやスケッチ、そして九谷の和絵の具や素材感が、バチンと一つのものに組み上がって行くような感覚があったんです。円状の窓を眺めながら「ここに今までの全てを詰め込もう」、そう思えたんですね。
そこからはもう一刻も早く絵を描きたくて、「すぐ日本に帰ろう」と言い出して妻に怒られたり(笑)。その体験以来、目に映る全てのものが作品のヒントになるような感覚があって。気づけば3泊5日の旅行で2,400枚以上写真を撮ってましたね。

西洋で受けたイメージを、日本の伝統工芸の中に
フランスで受けたインスピレーションを九谷焼で表現するには、どうしたらいいか。九谷焼の細描で伝統的に用いられている「赤」や「黒」ではどうもニュアンスが違う。そこで現在僕が用いている「葡萄茶(えびちゃ)色」の絵の具を自分で調合するに至ります。最初はなかなか思い通りの色にならなくて、80以上のパターンをテストしてようやく辿り着いた色味です。
「葡萄茶」とは日本の伝統色で、やや紫を帯びた暗めの赤色を指します。日本が西洋の文化を必死に取り入れようとしていた明治時代には、女学生がこの葡萄茶色の袴を着ていたそうで、勉学に勤しむ彼女たちのことを「葡萄茶式部」と呼んだそうです。
時代背景は違うけれど、西洋から学んだものを、日本の中に取り入れようとしているという意味では、僕がやろうとしていることと重なる部分がある。色味だけでなく、コンセプチュアルな意味でも「葡萄茶」という色には想い入れがあるんです。

地元の公募展から、一段ずつ。作家へのステップ
この作風が生まれてから、初めて公募展で入選したのがこの作品なんです。僕自身、窯元で働きながら細々と作品をつくっていたので、個展などは開けないし、遠い会場へはなかなか搬入にもいけない。それでずっと、地元の公募展だけに出品していました。続けるうちに入選できるようになり「全国展にも出してみないか」とお声がけいただいたんです。そのうちに全国の展覧会でも「新人賞」をいただけるようになり、自分の中で「独立」への気持ちが固まっていきました。
今はSNSで個人が発信できる時代なので、作家の「公募展離れ」が進んでいるといわれますが、僕の場合はやっぱり「公募展」がなければ、作家としては活動できていなかったと思います。

「真似できない」作風を編み出す大切さ
作家として生きていく上で「真似されない/真似できない」作風や技法を確立する重要性は、窯元で働いていた時の経験から学びました。その窯元で制作していた器のデザインと酷似したものが他所で製造されていて、トラブルになったことがあったんです。「意匠や絵付けだけだと、こうも簡単に真似されてしまうんだな」と痛感して。「真似できない独自の技法」を身につける必要性を感じました。僕がろくろから絵付けまでの「一貫制作」を大事にしているのも、そういった意味合いもあるんです。

九谷焼ならではの「色彩」へのこだわり
技法名を「葡萄茶彩描」として、「細描」の「細」ではなく「彩」の字を当てているのは、まだ自分が「細描」を名乗れるような域へは達していないという想いや「赤絵細描」へのリスペクト、そして一番は「彩=色」へのこだわりがあることも表現できたらと思って名付けました。
赤絵細描は、基本的に赤一色で書き上げていきますが、僕の場合は「和絵の具」と呼ばれる、九谷特有のガラス質の絵の具も併用しています。原料は九谷五彩と同じものですが、葡萄茶色に合うように配合を変えて独自の絵の具をつくっています。

「九谷焼」という自分のルーツを大切に
九谷特有の「色」というものに自分がこだわるようになったのは、2018年に参加した「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 」での出会いが大きなきっかけになっています。全国から各都道府県代表として作家が集まる中で、彼らの話を聞いていると「地元の素材や伝統」といったものを、「自身のものづくりのルーツ」としてすごく大事にしていたんですね。
僕自身も「九谷焼」というフィールドで作品を制作してきたけれど、どこか自分の表現ができるツールとして見ていたところがあったのではないかと。けれど、もし自分が違う土地で生まれていたら違うものをつくっていたかもしれないし、今の作風も生まれていない。そう思うと自分が焼物をやるきっかけを与えてくれた「九谷焼」という“ルーツ”を、もっと大事にしたいと思うようになったんです。

九谷焼から生まれて、九谷焼を飛び出していく
なので今は「伝える」ということにも重きをおいて活動をしています。自分の作品を通して「九谷焼」というものを知ってもらいたい。そういった意味でも「都心軸KOGEIプロムナード」のような企画に出展できることには意義を感じています。金沢に足を運んでいただいて様々な工芸に出会い、その中の一つとして九谷焼がある。興味をもってさらに掘り下げてもらえたら、とても幅広い九谷焼の世界が広がっているー‥自分がそのきっかけの一つになれたらいいなと。
そういう意味でも、最近は葡萄茶彩描の技術を使いながらも、ガラスや金属など異素材とのコラボレーションにも力を入れて取り組んでいるんです。九谷焼から生まれているけれど、九谷焼をも飛び出して広めていけたら。

今の作風は、無理に変えなくてもいいのかなと思っています。描きたいものがあるうちは描いていたい。その時その時に感じたものを作品の中に取り入れているので、去年のものと今年のものでもすでに変わっていますしね。また今後も突然作風が変わるような出会いがあったなら、その時は素材すら変わっているかもしれませんね。
(取材:2024年9月)
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上端伸也 Shinya Kanbata Instagram
1983年石川県金沢市生まれ。2002年石川県立工業高等学校工芸科を卒業後、石川県立九谷焼技術研修所にて陶芸を学ぶ。2005年同研修所を卒業後、九谷焼窯元に11年勤務。2013年日展入選(~2019年)、2014年日本現代工芸美術展で現代工芸新人賞。2016年には第55回 日本現代工芸美術展現代工芸大賞を受賞、同年独立し現在は自宅にて制作活動を行っている。石川県の伝統工芸である九谷焼の技法を生かしつつ、西洋のイメージや感性を融合させたオリジナルの世界観を追及。作品に描かれている円形を基調としたモチーフは、自身がフランスのノートルダム大聖堂で見た薔薇窓(ステンドグラス)に感銘を受け着想したデザイン。使用する絵の具にも特徴があり、葡萄茶(えびちゃ)と名付けられた茶色味を帯びた絵具を用いて細密な世界を描く。自身の作品を発展させると共に、九谷焼の魅力を自身の作品で伝えるため、制作活動に情熱を注ぐ。
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