インタビューvol.22/ 皆川百合さん(染飾家)
インタビュー
2024.11.25
自分の「色」が生きる、新しい「領域」をつくっていく
2024年11月29日(金)〜12月1日(日)の三日間にわたり、ハイアットセントリック金沢にて開催される「KOGEI Art Fair Kanazawa 2024」。国内唯一の工芸に特化したアートフェアとして2017年に始まって以来、今年で8回目の開催を迎えます。
今回は「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」から同フェアに出展する作家のお一人、皆川百合さんへのインタビューです。皆川さんは1年前に東京から金沢へ拠点を移し、今回が金沢では初めての展示となります。インタビューでは染色の道に進んだきっかけや「色」への想い、そして「KOGEI Art Fair Kanazawa」への意気込みなどを伺ってきました。
色彩という海を泳ぐ回遊魚
私は色が好きで、色作りをしていないと息が出来ないんです。
カツオやマグロが泳ぎ続けていないと生きていけない様に、私も色作りを続けていないと息が出来ないんです(笑)
染色の道を歩むようになった理由の一つは、実家が「禅寺」で、袈裟や着物といった布類が身近にあったことが影響しているように思います。中でも「色」として強烈に記憶に残っているのは、七五三で着せてもらったピンクの着物。物凄く鮮やかなピンクのグラデーションで、これまで見た色の中で一番綺麗だったと、今も鮮明に思い出せるんです。
染色を強く意識し出したのは高校生の時。当時はデザインや写真にも興味を持っていましたが、いくつかの大学のオープンキャンパスを訪れる中で、「工芸」という分野は特別な「場所」がなければ、学ぶこともつくることも難しいものだと気づきました。その上で「大学に進学する意味」を自分なりに考えたとき、工芸科に進むことが最も納得のいく選択だと感じたのです。
進学した大阪芸術大学では、1年次に様々なマテリアル(ガラス、金工、染織、陶芸)に触れて、2年次で専攻を決めるという形でした。それぞれの素材に特性やおもしろみもありましたが、他のマテリアルの中で「染織(※)」が最も「色が多い」と感じました。元々ファッションも好きでしたし「色彩」や「デザイン性」といった、多様な要素を内包する染色に惹かれ、染織のコースを選びました。
(※)染織(せんしょく)…布を染めたり織ったりする技術や工芸の総称。染色や織物も「染織」に含まれる。
手探りで見つけた、有機的な表現
最初に「ろう染め」などの伝統的な染色技法の授業を受けた時、私には馴染まないように感じました。染色は絵の具のように上から塗り重ねることができないので、色を挿すためには「防染(※)」を施す必要があります。いわば“逆算の思考”で模様を構成していくので、とても計画性が求められるんです。こういった行為が、私には性格的に向いていないことに気がついてしまって(笑)。
※防染…布の一部に糊 (のり) などを付着させて染液がしみこむのを防ぎ、他の部分を染色して模様をあらわす方法。
一方で、染料には「滲み」のようなその瞬間に生まれる有機的な性質もあります。その特性を活かしながら、手探りで自分ならではの色使いや技法を試していきました。そして「自分ならではの表現」に辿り着けたとき、物凄く高揚感で満たされたんですね。
染料をコントロールするよりも、「水が流れるように、あるがままに色が動く」というか。生きているような、その瞬間に生まれる表現が私は好きでした。
生きていくための「ステートメント」
学部の4年間では「やっと染料の性格がわかってきたかな」というくらい。どの工芸分野にも言えることだと思いますが、染色を学ぶにはあまりに時間が足りないと感じました。もう少し自分の表現やテクニックを明確にしていきたくて、卒業後は「京都造形芸術大学(現 京都芸術大学)」の大学院に進みます。
京都造形芸術大学は現代アートに力を入れた大学だったので「これからのアートは“言葉”が必要です」と、言語化の重要性を常々説かれていました。「アート活動を続けていくつもりなら、コンセプトやステートメントが確立できてないと生きていけない」と。
「第三の物差し」を持つ必要性
当時は「アート」と「工芸」の距離が今よりすごくあって、「これはアートなのか/工芸なのか」と問われる状況で、二つの「物差し」しかないように感じていました。私はこの二つの領域のどちらかに所属したいわけではなかったですし「第三の物差し」を持つ必要性というか、「自分の物差し」を持って進んでいくということを、ここで突きつけられたと感じています。
そんな中、私の作品を見た先生から「あなたの作風は染色ではなくても、写真や他のマテリアルに変えてみてもいいのでは?」とアドバイスを受けたんですね。今ならまた別の受け取り方もできたと思うのですが、当時は「染色というマテリアルを手放せ」と言われたみたいで物凄くショックだったんです。そして何よりも、言い返す「言葉」を持っていなかった自分の甘さに直面して。
私の作品にはまだアートとしての「ロジック」と「経験」が足りないとこの時に痛感し、卒業後はアートとは別の環境で知見を広げたいと、ランジェリーデザインの仕事をしながら学び直しを考えました。
当初は海外にいくことも考えましたが「染色」となるとやはりアジア圏、中でも日本が技術的には一番レベルが高い。また関西と東京では「芸大」の雰囲気も違うので、東京のシーンがどんな感じなのか知りたかったというのもありました。東京藝術大学大学院の染織研究は伝統技法を学ぶ学生が多い印象でしたが、「君みたいな人が居ても面白いかもね」ということで入れてもらえたと思っています。
自分の“ルーツ”と、向き合う時間
勇んで東京に出たは良いものの、入学してすぐに新型コロナウイルスの感染拡大がはじまりました。それまでは海外であったり「外」ばかりに目が向いていましたが、この時強制的に「内」に向き合わざるを得ない状況に。本を読む時間も増え、日本文化や生い立ちなど、自分のルーツについて“復習”するような時間になりました。
そこで改めて自身の生い立ちについて考えるようになり実家(禅寺)と向き合うようになります。それまでは実家の威光を笠に着るようで嫌で、ほとんど周りに話してこなかったんです。しかし自分の思考を語る上で、禅寺やその宗教性に触れずにいるのは、むしろ不自然だと感じるようになりました。
作品を、禅的に読み解く
コロナ禍も少し落ち着いた頃、自主的に展示会を開催したんです。そこに僧侶として修行を終えた弟が来てくれました。弟との会話の中で、私の作品を仏教(禅)的に読み解いた言葉を聞いた時、自分の中にスッと入ってきて、これまでの様々なことが禅の教えと重なり、腑に落ちました。
しかし、展示会に来てくださる一般のお客様との会話では、技法や素材・コンセプトなど、話すべきことがたくさんあり、なかなかそこまで深く話が出来ないし、宗教の話はハードルが高い。そこで「論文に自身の思考を書き留めておけば、例え誰にも読まれなくても、今の自分の思考を残しておけるのでは」と、宗教的な要素も入れて論文を書き上げました。
ただ、いくら文字や言葉で表現しようとしてもしきれず、それが「不立文字(※)」であることを知り、作品で伝えることの意義を学びました。
(※)不立文字(ふりゅうもんじ)…悟りは文字や言葉によることなく、修行を積んで、心から心へ伝えるものだということ。悟りは言葉で表せるものではないから、言葉や文字にとらわれてはいけないということ。
あるがままとしての「色」
私がやっている染色技法は「描く」というよりも、「偶然的に生まれてくる」という要素が多いです。それを私は仏教語の「色即是空」と捉えています。難しそうに聞こえるかもしれませんが、要は「在るがままを受け入れよう」「何にも捉われずにいよう」という、すごくシンプルなことなんですよね。
しかし「何に捉われているか」ということがわからなければ、そこから抜け出すことも出来ない。だから「色を知る」ということは私にとっては「あるがままを知る」ということなんです。「なぜこういう現象が生まれるのか」ということを「色」から知る、それは全ての事象にも通じるのではないかと思っています。なので、私にとっての「色」は「綺麗な色を作りたい」といった目的ではなく、どちらかというと「役割」として捉えているところがあります。
「色」はコミュニケーションツール
そして、色は「知覚」の象徴でもあると私は思っています。よく精神的に辛い状況にある時「世界がモノクロになった」という表現がされるように、色を鮮やかに認識できているということ自体がすごく健康で幸せなことだなと、いつも思うんです。
また精神医学でも用いられてる「ロールシャッハ・テスト(※)」のように、ある現象に対して、人によって様々なイメージをそこに見ます。そういう意味でも色や染み模様には「コミュニケーションツール」としての側面もあると感じています。
(※)ロールシャッハ・テスト‥紙に垂らしたインクを2つに折り曲げて広げたことでできる左右対称の模様が描かれた図版を見て、「何に見えるか」「どんな風に感じたか」を直感で答えていく心理検査。
色は固定的なものでなくて、あらゆる条件で見え方が変わります。例えば染色の世界には「白」がないんです。「白」というのは、染めていない「生地自体の色」を指します。同じ色でも染める生地によっても発色が変わりますし、見え方も時間帯や光、気持ちでも変わる。そういう意味で私にとって染めの「色」は生き物というか、動いているし、生きている、「生(なま)」ものなんですよね。
「言葉」をつくる、「自分の領域」をつくる
名刺に入れている「染飾家」という肩書は私の造語です。同じく「せんしょく」と読みますが「染色」と「装飾」の二つのロジックを持っています。私にとって「染色」は深層心理の表れであり、「裸」や「すっぴん」のような感覚で無防備なんです。でも、衣を纏ったり化粧を施す様に、染めた布を加飾することで、私の意思がそこに生まれる。そういう意味でも、私の作品はバイロジックだと思っています。
今の私は既存のカテゴリーに自分を当てはめるよりも、オリジナルの「領域」を作った方が自由に動けると感じたからです。苦手なことを克服する努力も大切ですが、最終的に「好きなことをやっている人」にはかなわないと感じる場面に何度も出会ってきましたし、そういう人の言葉には特別な力が宿るものだと思っています。
「核」さえあれば、「自在」になれる
まだまだ色々な表現に挑戦してみたいんです。どんな表現であれ、自分の「核」さえブレずにあれば、何をしていてもいいのではないかと思っているんです。
様々な環境に身を置く中で、所変われば「良し悪し」の価値基準も変わるし、「固定観念」も外から植え付けられているものなんだなと感じました。そんな不確かなものを基準にするよりも、自分の中に核さえあれば、どこに行っても大丈夫なんだと、今では思うようになりました。
これまでの時間は、その核を見つける「学び」だったように感じています。そしてきっとこれからもその学びは続くのでしょうけれど。
落ち着いてものづくりに集中できる街
金沢に移住してきてもう1年です。金沢は母方の祖父母の実家があって、子供の頃からよく遊びにきていて愛着のある街でした。
卒業してすぐ金沢に移るという発想は浮かばなかったのですが、「落ち着いてものを作りたい」というフェーズに移行してきた今、金沢の環境はすごくいいなと感じています。私にとって東京は雑念が多すぎて「常に何かを吸収しなければ」と駆り立てられるというか、落ち着いてアウトプットするという時間が全然作れなかったんですね。とはいえ仕事の打ち合わせは東京が多いので、現在も東京に拠点は残しつつも、この二拠点のバランスを取りながら活動しています。
あと金沢の鈍色(にびいろ)の天候も気に入っていて、特に冬場雪が積もると色がよく見えるんです。私にとっては「真っ白な布」が広がっているような感覚になります。
新たなジャンルを確立していく、モチベーションのある場で
今回の「KOGEI Art Fair Kanazawa」は、実は私にとって金沢での初めての展示になります。とても楽しみであると同時に緊張もしています。親戚が近くに住んでいるので、私の活動を直接見てもらえる機会になるのも嬉しいです。アートなどの仕事は、周囲に何をしているか伝わりにくい部分もあるので(笑)。
アルファベットで表記する「KOGEI」という概念は、もう2012年の「工芸未来派」で秋元雄史さんが提唱されたものだと記憶していますが(※)、こういういった新たな試みが、東京などの首都圏ではなく金沢から発信されて、かつ現在も根付いて発展しているということに、希望を感じています。きっとこれから「KOGEI」はいろんな人が入ってくる領域になって、ますます盛り上がっていくのではないでしょうか。
そういった「新しいジャンルを確立していこう」というモチベーションがあるところに自分が参加できるというのはすごく嬉しいですし、そこに自分の作品が並んだ時にどういう風に見えるのか、今から楽しみです。
(※)…2012年に金沢21世紀美術館で開催された「工芸未来派」展を通じて、工芸の現代美術化(アート化)を秋元雄史氏が提唱。伝統的な工芸を現代美術として再評価し、「KOGEI」という概念を打ち出す。さらに、2013年にはニューヨークのアート&デザイン・ミュージアムへと巡回し、国際的な発信も行った。
(取材:2024年10月)
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【Profile】
皆川百合 Yuri Minagawa
2024年 株式会社KUNCA 設立
2023年 東京藝術大学大学院博士後期課程美術研究科
工芸領域染織専攻 修了
学位論文「染飾によるバイロジック表現」
2020年 東京藝術大学大学院博士後期課程美術研究科
工芸領域染織専攻 入学
2019年 東京藝術大学大学院美術研究科工芸領域 染織研究室 研究生
「FENDI Fur tablet design contest 最優秀賞」
ミラノファッションショー / ローマ本社研修
2017年 ランジェリーデザイナー 勤務
京都造形芸術大学大学院博士前期課程芸術研究学科
総合造形領域 修了
2015年 京都造形芸術大学大学院博士前期課程芸術研究学科
総合造形領域 入学(現:京都芸術大学)
大阪芸術大学美術学部工芸学科染織 卒業
2013年 スペインカタルーニャ工科大学・グラナダ大学研修
2011年 英国オックスフォード大学研修
大阪芸術大学美術学部工芸学科 入学
WEB:https://www.yuriminagawa.com/
Instagram:https://www.instagram.com/dr.lily_uri
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