「KOGEI Art Fair Kanazawa 2024」レポート/「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢 」出展作家インタビュー

レポート

2024.12.25

「いま世に出るべき才能」との出会いを求めて。

2017年に金沢で始まって以来、今年で8回目を迎えた「KOGEI Art Fair Kanazawa」。国内唯一の“工芸”に特化したアートフェアとしてアートコレクターの間でも定着しつつあり、今年は全国から40ギャラリー211作家が参加するという過去最大規模の開催に。ホテルという“住環境”を連想させる空間での展示は工芸とも相性がよく、全ての展示作品が“購入できる”というのもアートフェアならではの楽しみです。

「KOGEI Art Fair Kanazawa 2024」は2024年11月29日〜12月1日の三日間にわたり、「ハイアットセントリック金沢」にて開催されました。今回は「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢 」から出展した、5名の作家のインタビューを添えてレポートいたします。(※「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」は、金沢市が開設し、金沢クラフトビジネス創造機構が運営する東京のギャラリーです)

会期初日となる11月29日、13:00の開幕を前に受付前には長蛇の列ができていました。「いま手にいれるべき工芸がここに」という「KOGEI Art Fair Kanazawa」のキャッチコピーのように「まだ見ぬ新たな才能に出会いたい/彼らの作品を手に入れたい」という熱気を感じます。そして8年目を迎えるアートフェアへの期待度の高さもうかがえます。

開場前に受付にできた長蛇の列
開場と同時にフロアに流れ込む人々

“モチベーション”が高い作家たちと共に

普段はホテルの客室として利用されている部屋が、今年も見事に各出展者のギャラリー空間へと変貌していました。それぞれ全く異なる雰囲気で、フロアはまるで異世界が併存するラビリンスのよう。
「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」が入居するのは501号室。迎えてくれたのは金沢クラフトビジネス創造機構にて工芸ディレクターを務める原嶋亮輔さんです。

「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」として今回特筆すべき試みが、出展作家を「公募」で募っているというところ。これまではギャラリー側から出展作家に声をかけるスタイルでしたが、今年は「KOGEI Artist Interview DAYS」と題して作家との面談を実施。応募があったアーティスト全員とマンツーマンの“インタビュー”を機構で行い、選考するという方式を初めて採用しました。いわば「作家側からのアプローチを受ける」という方針に転換した理由とは?

金沢クラフトビジネス創造機構の工芸ディレクター・原嶋亮輔さん

「やはり我々としても“モチベーションが高い作家さん”を選んでいきたい、という想いがあります。“チャンスがあったときに自ら動ける人”というか。今回35名の立候補があり、1人1時間程度・2ヶ月間をかけて全ての方と面接させていただきました。
僕も金沢に住んで長いのですが、お会いしたことのない作家さんもまだまだ多くて。皆さん実に個性豊かであると同時に、悩んでいる方向性は共通していたり。様々な気づきがあって、僕自身すごくおもしろかったですね」

その35名の中から選ばれたのが、塚原梢さん、多賀直さん、今田莉野生さん、皆川百合さん、北田杏実花さんの5名です。ガラス・漆・染飾・陶磁…と扱う素材も、歩んできた経歴も様々な皆さん。それぞれに作品についてお話を伺ってきました。

素材よりも前に「つくりたい」がある

北田杏実花さん。「大学院を卒業したら作家として活動したいと考えているので、今作家として活躍されている先輩方が、どう自身の作品を世に出されているのか今回近くで学べたら」

北田さんは「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」出展作家の中で最年少で、現在は金沢美術工芸大学大学院に在籍中している現役の“学生”でもあります。今回出品している《Someone’s vase》と名付けられた作品シリーズは、陶磁器と織物を組み合わせた、今までに見たこともないような不思議なつくり。

「自分の中で『うつわとは何ぞや』といった問いがあって。一つの磁器の“口”と“底”があり、その間を繋ぐものがあれば“うつわ”になるんじゃないかと考えたんです。一見すれば、いわゆる器ではないけれど、誰かの何かの“うつわ”になりうるのではないかと思ってこのタイトルをつけました。(北田さん)」

大学では陶磁コースに所属していた北田さん。そこで初めて「粘土」に触れ、同時に昔から趣味だった洋服作りを通して「布や毛糸」も身近な素材として側にあったそう。

「小さい頃から“何かを作ること”が好きで。思い立ったらなんでも使うというスタンスだったので、素材に縛られるということはあまりなかったですね。『この素材じゃないと』というよりは『つくりたい』という気持ちがまず先にあるという感じです」

ものづくりの初源的なエネルギーをモチベーションに、自然体でカテゴリーを越境していく北田さんの若き感性に、KOGEI の新たな潮流を感じました。

憧れの場でつかむ「前に進めている実感」

現在金沢卯辰山工芸工房の研修生でもある多賀直(なお)さん。金沢美術工芸大学の漆芸コース出身で、大学時代からも観覧者として「KOGEI Art Fair Kanazawa」には何度も訪れていたといいます。

「大学の先生方が出品されていたり、学生の頃から憧れの場所でした。なので卯辰山工芸工房で参加作家公募のチラシを見つけてすぐに応募しました。今回選抜されたというご連絡をいただいた時はすごく嬉しかったですね。日々迷いながら制作している中で “ 前に進めている ” という実感が得られたというか」

漆芸作家・多賀直さん。「ストリートカルチャーも好き」とのことで伝統的な素材・漆を用いながらも作品にはポップさがある。

多賀さんの作品でまず目を引いたのは、艶々とした光沢を放つ「ベースボールキャップ」。“ロゴ刺繍”や“シール”の細やかなディテールまで、金箔や蒔絵で再現されています。
普段から衣服に漆を染み込ませた作品を制作している多賀さん。こちらのキャップは今回のアートフェアに向けて制作した「新作」とのこと。

「服って“着れればいい”ものだし、帽子だって日よけや防寒ができれば機能的にはそれで満たされているはずなのに、人は様々な装飾を衣服に施しますよね。それって元々“用途あるもの”として生まれた工芸品が、献上品になったりする中で装飾性を帯びていったプロセスと似ているのではないかと。そこで『衣服』と『工芸』を掛け合わせることで、“工芸的な装飾の再構築”ができないかと考えました」

「漆が固まっていく段階に、生命的なものを僕は感じています。漆の木に傷をつけて、樹液が垂れて、固まって…それって怪我して瘡蓋(かさぶた)ができるのに似ているなと。そこに自分が手を加えることで“皮膚形成”されるというか。自分を覆っていた衣服を、逆に“皮膚で覆う”というか入れ子状になっている感じが面白いなと」
漆を扱う若手作家が多い金沢ですが、それぞれに異なる“漆観”をもって制作に臨んでいる姿も印象的でした。

金沢で考える、「器」と「オブジェ」その間

「吹き出し」の形態をしたガラスの中に、文字がたゆたう今田莉野生さんの作品。ガラスならではの透明感を生かした浮遊感ある作品は、観る者を不思議な感覚に誘います。

《つぶやきのかたまり 》

「普段作品をつくる時、自分でも見過ごしてしまいそうな感情の流れであったり、日常のちょっとした変化というものを “ガラスを使って言語化する”ということをテーマにしています。
今回は『あー疲れちゃったな』とか、SNSに呟く程度の何気ない感情を、モヤモヤっとしたその時に書き留めておいて、ガラスをその感情の“容器”として作品化しました」

今田莉野生さん。高校卒業後アメリカに渡り、その後も海外を拠点に活動。現在は金沢卯辰山工芸工房 研修生。

東京都出身で、高校卒業後すぐにアメリカ留学へ。7年間滞在して一時帰国した後、アーティストインレジデンスでベルギーに滞在したりとグローバルな環境でガラスと向き合ってきた作家さんです。今年の4月から金沢卯辰山工芸工房の研修生として制作に励んでいます。

「アメリカにいた時は写真や映像とガラスを合わせた様な作品なども作っていて、ガラスって“自由なもの”という印象でした。けれど自分のルーツは日本にあるし、さらに金沢のように工芸の盛んな土地にやってきたので、“そもそものガラスの役目”というものを考えてみてもいいのかなと。そこで“内包する器”としてガラスを捉えてみました。器とオブジェの間というか、そのあたりのバランスも今後探っていきたいですね」

ガラスはホワイトキューブの中よりも、自然光の方がより美しさが際立つ。

「異素材」の技法を掛け合わせて

同じくガラスを素材としながら「ガラス胎七宝(がらすたいしっぽう)」という技法を用いて作品を制作している塚原梢さん。ガラス胎七宝とは、銀線や金線と特殊なガラス用の釉薬を使って、ガラスの上に紋様を描く技法。
通常「七宝」というと金属の上で行いますが、それをガラスの上で行うもので、現在この技法を使っている人はとても少ないそうです。

塚原梢さん。短大で金工を学び、大学ではガラスを専攻。金沢卯辰山工芸工房修了。

「図鑑で植物の茎の断面図を見た時に“美しいな”と。作品に取り入れたいと思ったのですが、ガラスではこういった繊細な図柄を描くことが難しいんですね。そこで以前学んでいた金工の技術を用いて、独学で始めたのがきっかけです。二つの異なる素材を組み合わせることで、独自の路線を開拓していけたらと思っています」

《 piece of nature 》

金や銀を用いる技法は七宝の中でも「有線七宝」という部類になるそうで、リボン状の金属パーツをピンセットで配置していく実に細やかな作業。だからこそ生まれる、繊細な表現が魅力です。
「今までは酒器やお皿など“使えるもの”が多かったんですが、オブジェなどアート的要素が高いものにも挑戦していきたいという想いがあって。なので今回の作品は、自分の中では初の試みなんです。これを機に、もっとサイズ感をアップさせたり色々挑戦していけたらいいなと思っています」

使い手に、作品の“意味”を見出してもらいたい

そして5人目の作家さんが、前回のジャーナルインタビューでご登場いただいた皆川百合さん。皆川さんは昨年東京から移住してきたばかり。「今回公募で作家さんを募集していますが、フレッシュな方にもご参加いただくことで出展者同士の刺激にもなればと、皆川さんだけこちらからお声がけさせていただきました」と原嶋さん。

皆川百合さん。昨年金沢に移住し、現在東京都との2拠点で活動中。

「染飾(せんしょく)」という、布を染め装飾を施す独自の手法で制作される皆川さんの作品。アートフェアでの出展作品はサスティナビリティの視点から端布を使い「模様を再構築する」ことに挑んだ作品の数々が展示されています。今回の作品は「間」に着目して制作しました。
「日本文化ってはっきりと区切らずに“なだらかなグラデーション”によって様々な空間ができあがっているように感じています。作品では染めた布に端布を組むことで、その間を模索しながら制作しました」

《瑞雲の間》

今回の展示が、皆川さんにとって金沢で“初の展示”ということもあり、金沢のまちからテーマを選んだ作品も。
「金沢に来て『辻家庭園』という歴史ある建物にうかがった時、初めて『群青の間』を目にしたんです。室内にこれだけ“青の面積”がある環境って金沢特有だなと感じて、そこから色を抽出したいと思ってこちらの作品を制作しました」

《群青の間》

「一つ色が入るだけで、部屋の雰囲気って随分変わると思います。季節や気分によって変えたり、“自分なりのストーリー”が作りやすいのも、工芸品の魅力だと感じています。私自身、ご購入いただいた方に作品の意味を見出していただくということを一番大切にしているので、ぜひご自身のテーマにあわせて取り入れていただけたら嬉しいですね」

連日大盛況のうちに幕を閉じた「KOGEI Art Fair Kanazawa」。「工芸」と「アート」の間で新たなジャンルとして拡大しつつある「KOGEI」、その勢いを肌で感じることができる三日間となりました。

作家の皆さんもギャラリストやコレクターをはじめ、来場者とのコミュニケーションを楽しみながら作品を一つ一つ丁寧に紹介する姿が印象的でした。

「出展作家の皆さんは経歴も様々ですが、その中でも“今出るべき”と僕が感じた人々をセレクトしたつもりです」と工芸ディレクターの原嶋さん。
「まだ若くて“これからの人”にも声をかけていけるスタンスと、フォローしていける体制もうちならではの強みであると思うので、これらもそこは意識していきたいですね。
今回は5名選ばせていただきましたが、まだまだお会いしたこともない作家さんがたくさんいらっしゃると思います。機構として、そういった方々に積極的にアプローチしていくのも重要な役目だと思っているので、来年もやるとしたら100人くらいインタビューしなきゃなと(笑)。皆さんの挑戦をお待ちしております」

(取材:2024年12月)

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