アートフェア東京マネージングディレクター・北島輝一氏 セミナー レポート
レポート
2025.01.27
「アートマーケットにおける 工芸/KOGEI の立ち位置」
「金沢、つくるプロジェクト03」の第4回セミナー講師としてお招きしたのは、日本最大級の国際的アートフェアである「アートフェア東京」のマネージングディレクター・北島輝一さんです。
北島さんは、金沢クラフトビジネス創造機構が立ち上げた「マネジメントサポート」でも情報発信部門のマネジメントサポーターとしてご参画いただいています。
今回のセミナーではアートフェアの現状から、工芸がアートフェアへ参入することの可能性まで、多岐に渡り北島さんにお話しいただきました。そのセミナーの様子を一部レポートいたします。


アートフェアにおける、工芸の「伸び」
「アートフェア東京」は、2005年から開催されている日本最大級の国際的なアートフェアです。 前身である「Nippon International Contemporary Art Fair」を含め、日本で最も歴史が長いアートフェアで、四日間の会期中にのべ約5万5千人が訪れます。
また、現代アートから日本画や近代美術、そして古美術や工芸まで、幅広いジャンルの“アート”が横断的に集うこともその特徴の一つです。


金沢クラフトビジネス創造機構としても2019年からアートフェア東京へ出展しており、2025年度も6回目の出展を予定しています。
「工芸系ギャラリーさんの、アートフェア東京への出展数は年々増えていています。中でも金沢からは複数の方々にご出展いただいていて“産業としての工芸”への力の入れ方が、金沢はすごいなといつも感じていますね」と語る北島さん。

日本では「アート」と「お金」が結びついていない。
セミナー前に自己紹介。13年前にアートフェア東京の代表に就任した北島さんですが、実はそれ以前はアート業界とは“畑違い”の業界だったそう。
「大学院まではコンピューターの研究をしていました。卒業論文のテーマも『通信の暗号化』で、今でいうところのNFTですね。修士でもIoTなどのネットワークの提案をして特許も取得したり。でも突然 “研究”というものが嫌になっちゃって(笑)。それで卒業後は証券会社に就職しました」
債券・金利トレーダーとして日系・外資系証券会社で11年間勤務した北島さん。外資系証券会社ではロンドンでの勤務歴も長く、年間十数兆円という日本で最も大きな金額をトレーディングしていた一人ともいわれましたが、ある時証券会社を退職。そんな時に、あるギャラリストから声をかけられたそう。
「日本ではアートとお金が結びついていない。むしろ『アートはお金じゃない』ってみんな言うでしょう。けれど海外ではアートフェアがたくさん開催されていて、スポンサーにも銀行がついていたりと『アートは資産』として扱われています。そこで『今何もしてないならアートフェアの社長をやってみないか?』とお誘いいただいたのが、この世界に入ったきっかけです」

だから今僕がアートの業界にいるのも不思議なご縁ですね」と笑う北島さん。
アートの世界に「流動性」を促す仕事
金融業界からアート業界へ、トレーダーからディレクターへと転身した北島さん。「よく『華麗なる転身ですね』なんて言われたりするのですが、自分としてはやっていること自体はそんなに変わっていないと思っているんです」と話します。
「例えば、インターネットって、地球の裏側までバケツリレーで情報を運んでいるようなものなので、すごく考え方としてボトムアップなんですよ。それは金融も一緒で。いかに信用していただいて、草の根で取引量を増やし、みんなの資産を増やせるか、流動性を高められるかということ。今やっているアートでも領域を拡張していくようなボトムアップな動きが行われていますし『これを価値として認める』というアカデミックなチャレンジもある。三つとも抽象化されたグローバルなネットワークの中で、やっていることは同じだと思っているんですよね」

「証券会社が行っていることは、“経済の血液”であるお金に対して『流動性を促す』ということです。それがアスク/ビット (※)になるわけですが、日本のアート業界はそこに問題があるように感じています。つまり、作品を買ったお客さんが『作品を売りたい』となった時に『買いたい』という値段が低いんです。
※アスク/ビット(ask/bit)…為替相場などにおける売り気配値(ask)/買い気配値 (bit)
こんな状況の中、イノベーティブなギャラリーが出てきて、適正な価格が提示できる時代がやってこないものかと思いながら、僕らはこの仕事をやっているところがあるんです。つまり、我々がすべきことは売り手と買い手が売買しやすい“信用できる場”を提供することではないかと」

アートマーケットの構成図と現状
セミナーの前半ではアートマーケットの世界的な現状について、市場規模やマーケット推移、そして海外と日本との税制の違いなど、興味深いデータとともに多岐にわたりお話いただきました。金融の概念にも例えながら進められるお話はとてもわかりやすく、アートの見方への新たな視点を与えてくれます。
「私はよく『ギャラリー』を『証券会社』に例えるんです。プロダクトサイドとしてはアーティストを見つけてきて育てる。そして出来上がった良い作品を委託で受けたり買い取ったりする。一方でギャラリーには“顧客をつくる”という仕事があります。良い作品をお客さんに持っていただくことで作家の資産を形成し、また値段が上がった時には買い取って回したり。つまりギャラリーは『フロー』を司っているんですね。
これに対して『ストック』を司っているといえるのは『美術館』、もしくは『コレクター』です。価値のある作品を購入して、展覧会を開いて作家を広く知らしめ、そして作品の価値をあげるといった仕事をしています」

そして第三局としての国際的美術展がアートマーケットにおいて果たしている機能や、ナショナルブランドが有する財団がアートを支援するマーケティング上の狙いなどもお話いただきました。
「ギャラリー」が輝ける場をつくる
「その中で、我々アートフェアはギャラリーに対して“マーケティング”と“ブランディング”を提供しています。つまり『アートフェア東京に出ているギャラリーなら、どのくらいのクオリティで、信頼がおけるであろう』ということです。我々も海外のギャラリーを見る際に『どのアートフェアに出ているか』ということを判断材料の一つにしています」

アートフェア東京としての役目は「ギャラリーが輝ける場所をつくること」だと語る北島さん。ギャラリーの成長が、アート市場の拡大には欠かせないといいます。
「アートというと、やはり“アーティスト”に注目が集まりますが、我々アートフェアとして目指しているところは“間違いないアート”を“信頼できるギャラリー”で買ってもらうということ。アートフェアの売上が伸びているのも、その成果が出てきているのかなと感じていますね」
世界的な工芸人気トレンドが日本にも
そしてセミナー後半のテーマは「アートマーケットにおける工芸の立ち位置」。工芸ディレクターの原嶋亮輔さんとセミナー参加者からの質問を交えながら展開されていきました。
「アートフェア東京として、近代美術や古美術を巻き込むようになって、来年でちょうど20年になります。工芸系のギャラリーも昨年で17軒の出展が。私が引き継いだ13年前は工芸に注目しているギャラリーさんはほんの数軒だったので、すごく伸びています。海外でも日本の工芸は取り上げられやすいので、そのトレンドが国内にもきているのを感じますね」と北島さん。

工芸における ステートメント
ー原嶋:アートって社会性がすごく強いですよね。とはいえ、社会性やメッセージだけに価値があるというわけではなくて、ネガティブなものを内に込めながらもシンプルに美しいものまで昇華させたものが現代的だなと僕は思います。そういう意味で工芸には“ネガティヴな社会性”ってあんまりない。だからこその可能性がどこにあるのかなと。
北島:西洋でも“テーマ”がなくなってきているといわれている中で、日本の「独特さ」が面白いと捉えられているところがあって、それは工芸においてもあると思います。あとはそこに思想や哲学的なもの、言葉を介してどうコンテキストをつけていけるかというか。
その中で、縦割りになりがちな日本において、どう「まとめて見せる」ということがポイントになってくるんじゃないかなと思っています。元々は混在した状態で“カルチャー”として成立していたのに、どんどん工程やジャンルの分断が起きてしまう。そこを、ギャラリーやキュレーターがどのようにもう一回繋ぐか。そういったチャレンジを「GO FOR KOGEI」をはじめ、金沢の工芸ではチャレンジされているのだと思って拝見しています。

ー原嶋:文脈を伝えないと伝わらないという一方で、同時に工芸には第一印象の「美しさ」で買われる強さもあると思います。アートフェアにおいて、その辺の打ち出し方はどういう風にしたら良いでしょう?
北島:現状のアートフェアではスタイル上、作家名を打ち出すしかないところはありますが、本当は「展示自体のコンセプト」を決めた展示を展開していけると、作家自身も考えるしより多くの人に工芸の面白さが伝わるように思いますね。
ー原嶋:ちなみに「工芸的なステートメント」と「アートとしてのステートメント」って、また違うと思うんですけれど、どう思われますか?
北島:アートのマーケットで勝負する場合は、ステートメントがないとそもそも“批評のテーブル”に乗らないのでやはりそこは大切です。でも最近の工芸の作家さんをみていても、もうアートのステートメントと遜色ない強度ですよね。作家の方が進化されているのを感じています。
ただ、僕もこの立場ということもあり(笑)アート作品は結構買っている方なんですが、「作家の人と話したい」という気持ちはそんなにないんですよ。言語でのコミュニケーションを選ばなかった人が、作品を介してコミュニケーションしているという風に思っているので「“作品そのもの”からちゃんと捉えたい」という気持ちがあります。
仮にそれが作家が意図していなかったものだとしても、作品から読み取れたものは作品の価値だという風に僕は思いますし。自分の手から離れた作品を、作家側がどう面白がるかというところもあるのではないでしょうか。

工芸における「技術」と「価値」
ここで会場からの質問タイムに。作家さんの参加も多いなか、日々制作する中での実感のともなった質問が繰り出されます。
ーQ. 工芸において「技術そのもの」が「アート」としてみられることがあるのか知りたいです。
北島:僕も工芸における価値は、ある意味“技術”にあると思っているところがあります。例えば工芸には「写し」という概念があるけれど、アートにはないですよね。なぜならアートは“オリジナリティ”が価値ですから。
そういう意味では、例えば昨年アートフェア東京にご参加いただいた五月女さんの作品には「技術」と「表現」がマッチングしている面白さがありますよね。

北島:「工芸と技術」という意味では、ちょうどこちらに向かう道中のラジオを聴いていて思ったことがあって。そこでは「落語の面白さは『古典落語』という確固たる台本をどう崩すか、というところにもあるのではないか』という話になっていて。
ふと、工芸にもそういう面があるのではないかなと思ったんですね。伝統的な技術を踏襲しながらもそこからいかに離れるか、どう崩すのか。そこに“表現”や“創作”があるのではないかなと。
ー原嶋:面白いですね。同時に「崩すこと」と「オリジナリティを築く」ことは、似ているようでまた違いますよね。自分の中で「オリジナリティ」を考えているだけでは難しくて、「何をどう崩すのか?」。つまり工芸作家といえど「社会とどう向き合うのか」ということを考えないといけないということですね。

ーQ.工芸作品は技術的に優れているものが多いけれど、「工芸品」という見方をされてしまい、労力に見合った価格をつけにくいと、他のアートジャンルと比べても感じています。今後この流れは変わっていくことはあるでしょうか?
北島:いい質問ですね、そして難しい質問。アートって、基本的には「視覚芸術」なので、「技術が高い/手間がかかっている」ということ自体が価値に直結するわけではないんですよね。もちろん技術が視覚的に伝わってくることも、もちろんあるわけですが。
なので「手をかけられている」「品質が高い」というだけじゃなくて、その上で「何が面白いのか」という部分が大切なのだと思います。
ちなみにアートマーケットサイドの立場からすると、素材が工芸的だからといって「安く見る」ということはまずありませんよ。そういう事を言ってくる人の話は聞かなくていいです(笑)。

ー原嶋:ちなみに先ほどのレクチャーで「若いコレクターが増えてきている」とおっしゃっていましたが、彼らのアートに対する成熟度ってどうなんでしょうか?
北島:もちろん色々なレベルがあります。「有名だから買った」という方もいますし。でも若いコレクターには起業家も多いので、やっぱり「新しいアイディア」に興味があるんですよね。なので、“業界がつくった既成の価値基準”にそのまま従うようなタイプではないと思います。
とはいえ、日本は「アートメディア」がそんなに育っていないので、どうしても「売り手の論理」が強くなってしまい「買い手」が苦しい状況にあります。海外のように「アート・アドバイザー」という職業が日本でももっと確立されれば、そのパワーバランスもまた変わると思うのですが。

工芸を、もっと面白がるべき
その後も実に興味深いテーマや「ここだけ」なエピソードもうかがいながら、まだまだお話を聞きたいところであっという間に閉会の時間に。最後に改めて「工芸は今すごく面白い」と強調する北島さん。
「工芸は今すごく面白いですよね。日本の工芸って技術だけを伝承しようとしがちだけれど、技術だけではない“膨大なコンテキスト”の中に工芸ってあると思うんです。海外だとアーツアンドクラフツ運動や、日本でも柳宗悦の民藝のような、“社会のムーブメント”としての側面もありますし。
今、日本のアートマーケットはお金と離れてしまっています。けれど、千利休の時代に遡れば日本のアートマーケットが世界で一番大きかったともいえるわけで。だって“茶碗一つで城が買える”という時代があったわけですからね。そこには中国からきた完成度の高い白磁ではなく、黒くてゴツゴツした楽茶碗を最上とする“精神的な独立”も含まれていました。
この先の時代に生きる我々日本人として、そのことをちゃんと自覚して、もっと工芸やアートを面白がるべきなんじゃないかなと、僕は思っていますね」
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盛会にて幕を閉じた「金沢、つくるプロジェクト03」の第4回セミナー。新たな視点からアートマーケットを牽引する北島さんに「是非一度ご相談してみたい」という方は、まずはマネジメントサポートの問い合わせフォームより一度ご連絡ください。ご参加いただいた皆様ありがとうございました。
(取材:2024年12月13日)
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