インタビューvol.29 金沢漆芸会(田中信行さん、杉田明彦さん、村本真吾さん、山岸紗綾さん)
インタビュー
2025.09.25
僕らをつなぎ、動かす「漆の力」。
【目次】
・作家も職人も、互いの「違い」を吸収しながら
・金沢漆芸会に入ってきた「新しい血」
・様々な世代が「漆」という接点でつながる場
・作家の感性、それぞれの「漆」
・「漆を表現の素材として」見つめ直す
・“漆のメッカ”で感じた「沼に入り込んでいくような面白さ」
・「漆」だから、「工芸」だから、ではなく
・「今、自分が漆を見て何を感じるか」
・「物語」ではなく、「もの自体」の強さで勝負する
・能登半島地震で決めた覚悟。「漆に携わる者として 何ができるか?」
・能登の漆を見つめることは、日本の漆を見つめること
・職人も、作家も、人間国宝も。ものの前では“皆平等”
・地域性はそのままに、人の交流は活発に
・僕らは「漆」でつながっている
・それぞれの認識で「漆」を楽しむ
・「漆の力」が、きっと何かを生んでいくから
2025年11月1日から「しいのき迎賓館(金沢)」で開催される「漆の力-金沢・輪島・山中-」展。(10月1日から「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢(東京)」でも特別企画展を開催)。こちらは金沢・輪島・山中という県内の漆器産地が連帯し、かつ職人・作家・塗師屋など、立場の違う作り手が一堂に出品するという、これまでにない試みの展覧会です。
主催するのは「金沢漆芸会」。伝統的な加賀蒔絵の系譜を継ぐ団体ですが、近年は若手漆芸家の会員も増え、新たな風が吹いています。今回は会長の田中信行さん、理事の杉田明彦さん、村本真吾さん、山岸紗綾さんに集まっていただき会期前にインタビューを行いました。そもそも金沢漆芸会とはどんな団体か、今回の展覧会を企画した動機、そして金沢漆芸会の事務局としての役割を担う理由など、お話をうかがってきました。


作家も職人も、互いの「違い」を吸収しながら
ーーまずは「金沢漆芸会」について、教えていただけますでしょうか。
田中:はい。去年会長になったばかりの私がお話するのもおこがましいのですが。金沢漆芸会は昭和41年に小松芳光先生を初代会長として発足した団体です。金沢にはやはり「加賀蒔絵」の伝統がありますから、その文化継承を根本として、主に漆芸作家さんが中心に集まりました。また、会員同士が互いに高め合う目的で、勉強会や展覧会を開催してきたという歴史があります。今も年に一回「金沢漆芸会展」を開催し、勉強会として漆の産地に皆で研修に出向いたりしています。

ーー金沢には他にも漆芸にまつわる団体はありますが、金沢漆芸会はどちらかというと「個人作家」の方が多く加盟されている印象です。
田中:確かに作家が多いですが、最近は職人さんの方も増えてきています。今までは「作家」と「職人さん」でなんとなく棲み分けされていましたが、これからはどんどん一緒になっていった方が良いと思っているんです。なぜならその方がお互い「学び」が多いから。
「学校で学ぶ漆芸」は、基礎的な技術の習得を主眼にしているために、どうしても技術に関しては限定的になるところがあります。僕自身大学で漆を学んだ人間ですが、39歳で金沢美術工芸大学に赴任してきて、その時に金沢漆芸会に入会しました。そこで大変刺激を受けたんです。大学とは技術的にも全然違っていて、漆を生業とされる方から学ぶことが多かった。もちろん「作家」と「職人さん」では立場や考え方も異なりますが、分け隔てなく交流して、お互いの持っている「違い」をどんどん吸収していったらいいと思います。

金沢漆芸会に入ってきた「新しい血」
ーー会員には、工芸・アート界から注目を浴びる作家が名を連ねておられますよね。若手の会員が多いのも印象的です。
田中:それは前会長の山村先生(現金沢美術工芸大学 学長)が金沢美術工芸大学の卒業生や卯辰山工芸工房の研修生に積極的に声をかけられたので、こうして若い会員が増えたのです。表現もいろいろなタイプの人がいて、加賀蒔絵をベースとしてきた金沢漆芸会に“新しい血”が入ってきた、という感じですね。ここにいる皆さんもその時期に入ってきたんだよね?
山岸:はい、ここにいる3人はほぼ同じタイミングで入ってますね。私も山村先生にお声がけいただいて入会して、今年で4年目になります。
金沢漆芸会では、様々な年代の職人さんや、地域に根差して制作されている方など、普段知り合う“作家仲間”とはまた違う方々にお会いできるので、とても刺激を受けています。

様々な世代が「漆」という接点でつながる場
杉田:僕は輪島で修行していたので、金沢漆芸会の存在は当初知らなかったんです。独立して金沢で住み始めてみたら、美大関係者だけじゃなく、職人さんや人間国宝の方まで、様々な立場の“漆関係者”の方が金沢にはいらっしゃることを知って。金沢って、近い距離感でいろんな方々が混ざり合う場なんだと。せっかくなら交流させていただけたらと、山村先生のお声がけをきっかけに入会しました。

ーー村本さんは漆芸作家としてご活躍されてきたキャリアも長いですが、それでも入会されたのは最近というのが意外でした。
村本:そうですね。卯辰山工芸工房に入った時から金沢漆芸会の存在自体は知っていましたが、伝統工芸系の方々が入会されているイメージで、僕らのような作家が入っていい団体というふうには思ってなかったんですよね。けれど山村先生の声かけで最近は若い人も増えていると聞いて、それなら僕も参加してみたいなと。

田中:そもそも金沢に限らず今の若い人って「団体」というものに所属しない人が多いでしょう。だから今こうして若い作家が次々参加してくれている組織は、貴重かもしれないですね。

作家の感性、それぞれの「漆」
ーーちなみに、そもそも皆さんはどうして「漆」という素材を選ばれたのか、少しうかがってよろしいですか?
山岸:はい。当時の私はコンテンポラリーなジュエリーを作りたいなどと考えながら工芸科に入学して、もともとは金工を学ぼうかと考えていました。大学一年生の終わりにそれぞれ専攻を選択するのですが、櫛(くし)や簪(かんざし)といった装身具にそういったタイミングで出会い、色々な素材を取り込んで表現できる漆に可能性の多様さを感じて、まずは大学で漆を学んでみようと。また古来から装身具にも用いられてきた「漆」の存在が日本にはすごく大きくあったことも知り、さらに関心が深くなっていきました。
“接着剤”のように異なる素材を繋ぎ合わせられる漆の性質にも面白さを感じましたし、今も魅了されながら制作しています。

村本:僕は「一番“想像と違っていた”のが漆だった」というところでしょうか。東京藝大の工芸科では、入学したらひと通りの素材について学ぶのですが、陶芸や他の素材はある程度想像できたんです。けれど漆は、建造物に塗られていたり、仏像を形作っていたり‥。それまで知っていた「漆器」としてのスケールや技法と全然違っていて、単純に素材として一番興味深かったんですよね。
学生時代は「どうやって食べていくか」なんて考えてないから興味本位で選んでしまって、卒業してから「漆で食べていくのは大変!」ってことに気づくのですが(笑)。

杉田:僕は「美大に行きたい」と漠然と思ってはいたのですが、「自分が何かをつくる理由」を見つけられなかったんですね。そこで大学では哲学科に入って、美術史の勉強をしていました。色々あって中退することになり、蕎麦屋で修行をしていた時に、妻が後に親方となる赤木明登さんの器を買ってきてくれたんです。僕の実家は漆器店だったので、古い漆器はよく見ていたけれど、現代の作家さんは全く知らなくて。モダンなフォルムで、シンプルでー‥「こういう漆の世界もあるんだ」とすごく新鮮に映ったんです。そこで30歳を手前に赤木さんのもとを訪ねて弟子にしていただいたのが、漆を始めたきっかけです。
田中:こうやって話を聞いていると、みんなそれぞれ「漆」に何か惹かれるものがあって選んだんだなぁって改めて感じますね。それだけ“感性”というか、漆のどこに面白みを感じるかというのは、作家によって違うということなんですよね。

「漆を表現の素材として」見つめ直す
田中:僕はというと、最初は「工芸」も「漆」も全く頭にはなかったです。建築に興味があり、高校生の時にデッサンを学ぶために美術予備校に通い出したらデッサンにはまりまして(笑)。いつしか建築のことは頭から抜け落ちて、東京藝大を目指していました。とはいえ美術の知識もないし、デザインはちょっと違うかな、なんか作りたいと思い工芸科に決めました。
工芸科に入ると2年次から専攻に分かれる際に素材を選ぶのですが、金属はなんとなく生理的に違うかな、染織は当時の自分には布に抵抗感を感じないというか、触覚的に満たされない感じがしました。陶芸は窯を使う作業上致し方ないのですが、「同じ釜の飯を食って」みたいな雰囲気があって、その頃は苦手でした。土には惹かれていましたが。そして最後に残ったのが「漆」だった。まあ漆には、とらえどころない魅力は感じつつ、それがなんであるかはわかりませんでしたが。

田中:大学を出てからは都立工芸高校の教員になりました。教員としては充実していましたが、自分の未熟さもあってストレスもたまりました(笑)。そうしたら逆にとにかく制作をしたいと思い、「作品」を作りたくなってきた。そこから仕事が終わってから或いは休日に、美術館や銀座界隈のギャラリーを回ってジャンルを問わず幅広く美術を見るようになり「もう一度“漆”で何かつくりたい」というか、自分の表現を見つめるようになっていきました。そして個展をはじめ様々な展覧会で作品を発表してきました。

“漆のメッカ”で感じた「沼に入り込んでいくような面白さ」
田中:主に30才前後から漆による造形表現を模索してきたわけですが、海外での発表を含めて僕の活動が本格化していくのは、やはり「金沢」に来てからだと思います。
金沢は漆を勉強するのに良い場所だと思います。輪島や山中など漆器の産地が近くにあって、金沢にもたくさんの職人さんがいる。また石川県には器や建築など身近にまだ漆が使われていて「漆文化」が残っている。これはとても貴重なことだと思います。
そもそも僕が金沢美術工芸大学の教員募集に手を挙げたのも、「漆のメッカである石川でやりたい」と思ったからです。ある実験的な作品を制作する際、輪島の職人さんを訪ねた時に、最初は相手にもされなかったんですが(笑)制作を手伝っていただき、次第にコミッションワークなど協力をお願いする機会も増えてきて、いろいろと一緒に制作しながら教えていただくことも多々ありました。そしたらもう「沼」に入り込んでいくような感覚で、漆の世界が面白くて仕方なかったですね。

「漆」だから、「工芸」だから、ではなく
ーー今、工芸が世界的に注目を浴びていますよね。田中先生は漆における「アート化する工芸」のパイオニアのお一人でいらっしゃいます。
田中:断っておきますが、僕は作家として歩みはじめた若い頃から、アート化しようと思って制作してきたわけではないです。漆を見つめて自分が感じたもの、表現したいものをただ制作してきただけです。
僕は評論家の方々にお声がけいただき、美術や工芸の間で、数多くの展覧会やシンポジウムに参加してきました。また評論も書いていただきました。今でも感謝しておりご縁は大切にしていますが、今はもう「工芸/アート」の二元論的な議論や、「工芸はこうあるべき」との工芸の固有性を語る議論にも興味はありません。
それぞれが思う考え、価値観を大事にしていけばいい。いろいろな視点が複合されているのが現在の工芸の状況ですから。引き出し方はいろいろあっていい。

器型を身体の象徴として制作。人間が包まれるような大きさになっている。
田中: 今時代が巡って、世界的に「工芸的」なものが注目されている状況は理解しています。これまで西洋中心だった「アート」の世界に対して、多様性を尊重し合う、認め合うという時代の価値観に、「工芸」はとてもフィットしている。工芸には、風土と暮らし、自然と人間、民族、ジェンダー等々の様々な要素が混在しており、時代を照射する切り口として有効な面がある。またAIがますます社会を大きく変えようとしている今、日本人が馴染んできた生活に根ざしたものや、手で作る意味、そして人間が本能的に求めるものを考える方法としても工芸が注目されていると思います。
ただ歴史を批評するために工芸を用いたりするのではなくて、僕はあくまで「表現」の内容や思想に興味があるし、そのことを制作しながら考えています。また話は違うけれど、工芸をジャポニズム的なものとして明治時代のように安易に海外に売り出そうとしていることもどうかなと思っています。いわゆる過去の日本的な意匠やデザインだけを使った表現や物は長くは続きません。一時の“流行り”で終わらせないためにも。

「今、自分が漆を見て何を感じるか」
田中:「漆」ってすぐに「伝統的な素材」「日本の工芸」という文脈で捉えられてしまうわけですけれど、僕は漆芸にまつわる“先入観”や“イメージ”は取り除こうと思いました。つまり「古い素材」として見ないということです。「今 自分が 漆を見て何を感じるか」「表現したいものは何か」大切なのはそのことだと思っています。
「アート」か「工芸」かと分類しがちですが、僕は「漆が好き」で、特に「漆が作る様々な自然な表情」に惹かれるし、漆の表情は僕の本能を刺激したりもします。その魅力をどのように表現するかを考えて制作しています。もちろんただ素材の面白さや素材美だけを見せようとしているわけではなく、そのことを通して何を表現したいか…その背後にある思想は何かを考えてはいます。

田中:僕は漆の質感から主に造形表現を考えていますが、器もいいし加飾もいいし、それぞれ興味のある方向でやればいい。もちろん伝統へのリスペクトもある‥ただ「伝統」はどうしても「形式」に陥りがちなのでそこは注意が必要です。例えば器でも自分が本当にいいと思う器を作ること、これを考え作り続けることが大切だと思います。
つまり、それぞれが「漆」に感じていること・考えていることを、正直にやる。そしてそれを見た人達が、また「漆」に何かを感じて作り始める。これしかないと思います。漆の発展と表現の創造のためには。
「物語」ではなく、「もの自体」の強さで勝負する
杉田:田中先生がおっしゃるように、僕も「漆だから」という文脈自体には意味がないと思っているんです。「伝統」や「和」のイメージは、作り手としては時に邪魔なくらい。
よく「漆にはぬくもりがあって‥」という表現をされますけど、あれって「この壺を買うと幸せになれる」というのとほぼ同義なんじゃないかなと(笑)。そういう「物語」はわかりやすいので、伝える側や見る側が求めるのはわかる部分もあるけれど、「作家側」がそれを“売っていく”のは違う。
ある時期からその「物語」に頼りすぎてしまったから、産業としての漆が衰退してきた面もあるのではないかと思います。もうこれまでのやり方が成立しない時代なので、「もの自体の強さ」というか「リアルなものを前にした時に感じるもの」が、すごく重要になると思っています。

能登半島地震で決めた覚悟。「漆に携わる者として 何ができるか?」
ーー「漆を伝統的なものとして見ないと決めた」とおっしゃる田中先生が、歴史ある金沢漆芸会会長を引き受けられたのはちょっと意外な気もするのですが、どういった経緯があったのでしょう?
田中:そこなんです。ここからが今回の本題。僕が会長をお引き受けした理由はただ一つ、「能登半島地震」があったからです。2023年の年末に山村さんから会長の打診があった時も、僕は加賀蒔絵の系譜の仕事をしているわけでもないし、会員として積極的に活動してわけでもないので、会長だなんておこがましいと一度お断りしているんです。ところが年が明けた2024年元日に地震が起きた。
輪島をはじめ能登にはたくさんの友人知人がいるし、能登の風土も、合鹿椀(ごうろくわん)のような力強い漆文化も、僕は大好きです。だからこそ「何かやらないといけない」と、その時に気持ちが変わったんです。

能登の漆を見つめることは、日本の漆を見つめること
田中:「能登復興」のような大きな話は僕らには無理だけれど、「漆に携わる者として何ができるか」と考えた時、「能登の漆文化をもう一度見つめたい」そう思ったんです。
そこで今回、団体系の方から個人の作家さん、そして塗師屋さん、立場や会派をこえて、一緒に漆の展覧会をできないかと考えました。それが「漆の力-金沢・輪島・山中-」展です。加えて、漆考古学の研究者である四柳先生や、能登の総漆塗りの蔵で有名な国の重要文化財である中谷家の中谷さんや輪島の方々にお願いして、能登の漆文化や輪島の現状とこれからを考える講演会も企画しました。

田中:能登の漆文化を見つめることは、日本の漆を見つめることだと思っています。それくらい漆にとって大事な場所なんです。だから「何があってもやる」って覚悟を決めました。協力していただくために、これだけ頭を下げるのは最初で最後だと思うくらいに、お願いをして回っています(笑)。

職人も、作家も、人間国宝も。ものの前では“皆平等”
ーーこういった様々な立場の方が合流する漆の展覧会はこれまでなかったのでしょうか?
田中:なかったと思います。団体系の作家さんらとフリーの作家さんらで構成された漆の展覧会はあっても、そもそも塗師屋さんや職人さんも交えて、立場を越えて展覧会が開かれることはなかったと思います。
杉田:特に輪島は横の交流自体があまりなかったように思います。
けれど本来、「アート」も「うつわ」も、「ものとしてのクオリティー」の前ではあまり関係ないですよね。そういう意味でも、職人も、作家も、人間国宝も、それぞれのものを分け隔てなく、良い意味で“平等”に並べられる展覧会にできたらよいなと。

田中:そう。ここでは“作品を競う”のではなく、立場を超えて“共有”して「能登の漆をこれから見つめていこう」という場です。このような展覧会は初めてだと思います。
村本:私たち金沢漆芸会自体も、若い人が次々入ってくるようになって、どんどんジャンルレスになってきています。この流れの中で迎える今回の展覧会です。これから「漆」という業界自体をもう一度盛り上げていくための大きなきっかけになると思うし、見る側にも伝わるものがあるのではないかと思っています。

地域性はそのままに、人の交流は活発に
山岸:県内の作家さんを網羅できるわけではないし、「支援」だなんておこがましくてとてもいえないけれど、せめて何かのきっかけになればとは思っています。それに私達自身、自分たちの地域の「漆の状況」というものを確認しておきたいという思いもあります。
田中:それが我々「金沢漆芸会」がやる役目だと思うんですよね。金沢は昔からそのような場所だったでしょう。伝統と革新というか、いろいろなものが混ざり合って、新しい何かが生まれる場所。

田中:別に「一つの思考でまとまろう」とか、そんなことを言ってるわけじゃないんです。むしろ「輪島は輪島」「山中は山中」といった違いや地域性は大事にする。けれど「人間同士の交流」に関しては、もう壁は取っ払った方がいいと思います。もっと広く交流して、「漆文化」という大きな視点に立った方がいい。この展覧会はその実践の場だと思っています。
僕らは「漆」でつながっている
ーーそれにしても、人気作家の皆さんが事務局をされているということに驚いています。特に漆って、「時間がかかるものづくり」の代表格でもあると思うので。
山岸:まあ、思いだけでやらせてもらってます。今回の企画に関しては、そもそも地震があって、こんな近くで何か起きたら、何か出来るならという一心ですね。何か出来るなら、何が出来るのか?と考えながら。
杉田:僕らは個人作家ではありますが、漆をやっている以上、何かしらの形でつながっていますから。僕自身、輪島で漆を学ばせていただいていますし、木地を山中にお願いすることもあります。道具や材料の存続の問題もありますし、どこか“共同”でやっている感覚もあるんです。
田中:「金沢漆芸」といったって、今は輪島や山中の方々に支えてもらって成り立っている。やっぱり僕らの接点は「漆」なんですよ。「漆」に関係しているから、だからやっている。

それぞれの認識で「漆」を楽しむ
ーー来月からいよいよ「漆の力-金沢・輪島・山中-展」が始まります。この展覧会にどんなことを期待されていますか。
山岸:いろんな方にご参加いただいて、ジャンルレスに交流できたらよいなと思っています。私たち自身も、これを機に交流できるのが楽しみですし、皆さんがどんな作品を作られているのかも見てみたい。ご来場いただいた方にも、石川にはこれだけ漆に関わっている人がいるということ、網羅はできていないにせよその広がりを、オープンな空気感の中で感じていただけたらと思っています。


村本:一つの空間で、いろんな方々の作品を一同に見ていただけるので、「漆」ってどんなものなのか、再認識していただけるような機会になると思っています。そしてやはり、輪島の被災ですね。まもなく2年の月日が経とうとしていますが、そのことを改めて思い起こす機会になると思います。
そして、この展覧会をきっかけに交流が続いて「漆を通して何かを求めていく姿勢」みたいなものが続いていくとよいなと。もちろん展覧会という形式じゃなくてもよくて、新たな何かが自然発生していくことを願っています。

杉田:ただ単に「一緒になることが良い」という話ではないと思っているんです。漆に対しても、それぞれの作り手が同じように認識しているわけではありません。一同に展示されることで、そのことが如実に現れると思うんですね。そういう“違い”も楽しめる場になるのではないかなと。
「漆の力」が、きっと何かを生んでいくから
田中:僕はとにかく無事に終わることを祈っています。お金がないから、監視だって僕たちがやります!(笑) ボランティアで展覧会を企画し開催することは時間も取られるし、労力だって大変です。それでも僕らを動かす“何か”がある。それが「漆の力」なんだと思います。今回の展覧会タイトルも、そんな想いを込めてつけました。

田中:もう時代と環境が「今までのまま」でいることを許さない状況です。でもこの展覧会から、新たな何かが生まれてくる予感がするし、そうなることを願っています。結果というのはすぐには表れてこなくて、10年、20年経った後に「あの時が転機だったね」って振り返られたら素晴らしい。展覧会カタログまで作る資金と時間はないけれど、せめて出品目録は残そうと思っています。貴重な記録になると思います。

(取材:2025年8月)
「漆の力-金沢・輪島・山中-」展
会期:2025年11月1日(土)〜11月9日(日)
会場:石川県政記念しいのき迎賓館 1階 ギャラリーA・B
時間:10:00〜18:00
特別企画講演会「能登の漆文化と現状について」
日時:11月2日(日) 15:00~18:00
会場:石川県政記念しいのき迎賓館(展覧会同会場) 2階 ガーデンルーム
金沢漆芸会特別企画「漆の力一金沢・輪島・山中一」展
会場:KOGEI Art Gallery 銀座の金沢
(東京都中央区銀座5-1-8 銀座MSビル1・2階)
会場別会期:
1F Art Exhibition
前期)2025年10月1日(水)〜10月26日(日)
後期) 2025年10月28日(火)〜12月4日(木)
2F KOGEI Exhibition
2025年10月1日(水)〜10月13日(月)
時間:11:00〜19:00
※詳細は「漆の力-金沢・輪島・山中-」展 公式ホームページにて
https://urushinochikara.com/
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