インタビューvol.25 定池朋子さん(漆作家)
インタビュー
2025.05.19
「自分だけ」ではないプロの目線を得て「つくる道筋」が見えてくる。
金沢市内の工芸作家が抱える経営上の課題解決を支援するために、金沢クラフトビジネス創造機構が窓口となり、様々な分野の専門家(マネジメントサポーター)を紹介する取り組み「マネジメントサポート」。2024年にスタートしたこのサポートサービス、今回は初年度に参画いただいた漆作家の定池朋子さんへのインタビューです。
定池さんのご実家は、三代続く漆工房。代々仏壇蒔絵師として活躍するも、仏壇仕事が少なくなる中で、新たな技術を獲得し漆仕事の活路を見出してきました。現在は祖父と両親の三世代で日々制作に勤しんでいるという定池さん。元々家業を手伝う考えはなかったという中で漆職人になった理由や、実際に家業を手伝うようになって感じた課題、その上でマネジメントサポート制度を利用してみた感想など、色々とお話をうかがってきました。

家業は仏壇蒔絵師。三世代で営む漆工房
ーー定池さんはご実家の家業が漆職人なんですよね。
定池:はい。曽祖父の代から仏壇の蒔絵師としてやってきていて、父(定池隆志さん)で3代目になります。母(定池夏子さん)は埼玉県の出身なのですが、輪島漆芸技術研修所で父と出会って結婚しているので両親ともに漆職人です。祖父も現役で、今は私も含めて家族4人で仕事を回している感じですね。
ーー三世代で!それは素晴らしいです。
定池:この業種は後継ぎがいらっしゃらないところも多いので、家族で仕事ができていることが羨ましいと言われることもありますね。
ーー朋子さんも「いずれは家業を」という意識をお持ちだったのでしょうか?
定池:いえ、全然。子どもの頃から遊びでやっていたりはしましたが「継ぐ」なんて意識はなかったですね。両親にも「継いでほしい」と言われたことは一度もありませんし、実際そんな想いもないようです。
なので、高校を卒業してからベンチャー企業に就職しました。けれど、入社時期が新型コロナウイルスの感染拡大と重なってしまい、自宅待機を余儀なくされて。ずっと家にいるのもつまらないし、一方で家族は仕事がすごく忙しそう。そこで「ちょっと手伝ってみようかな」と軽い気持ちで始めて、“今に至る”という感じなんです。

即実践。とにかく「数」をこなして覚える “職人仕事”
ーーではそこから、どのように漆芸技術を習得されたのでしょうか?
定池:父をはじめ、全て家族から学びました。ただ「教えてもらう」というよりは「とにかくやってみろ」と(笑)。なので「座学」のようなことは一切しておらず「即実践」をとにかく繰り返してきた感じです。幸運なことに、仕事が絶えない忙しい時期だったので、「数」をたくさんやらせてもらえたのは、ありがたいことだったと思っています。


ーーまさに昔ながらの「職人仕事」の覚え方だったんですね。それにしても今日において「仕事が絶えない」というのもすごいですね。仏壇蒔絵の仕事は、数が激減していると耳にしますが。
定池:うちも仏壇の仕事は数が少ないです。祖父の代までは、まだ仏壇蒔絵も忙しかったようですが、父の代で一気に激減して。そこで、仏壇だけでなく、あらゆる漆の仕事を受けられるよう、早い段階から父が事業の転換を図ったんです。今メインになっているのは、漆の万年筆だったりと企業から依頼のある“プロダクト”の方ですね。特に海外で需要があるようです。
仏壇仕事の方も元々分業制が主流で、うちも長年「蒔絵職人」として漆の仕事だけを担当してきたのですが、年々「木地」をつくる職人さんが減ってきていて、分業制が成り立たなくなってきています。そこで父が新たに木工技術を学んできて、木地や指物(※)も自分たちでつくれるようにして、仏壇の“最初から最後まで”、うちの工房で完結できるようになりました。
(※)指物(さしもの)…釘を使わずに木材を組み合わせて作られた木工品。


新たな「技術」を身につけ、厳しい状況下にも活路を見出す
定池:母は漆のアクセサリー制作もしていますし、私も金継ぎ教室で教えていて、「春ららら市」などのイベントにも出展しています。金継ぎは昨今とても人気がありますし、お声がけいただくことも多いです。なので、家族全員で「漆に関わる仕事なら、なんでもやります」という感じですね。
ーー厳しい状況の中でも、その都度新しい技術を習得されて、活路を見出してこられたのですね。
定池:早い段階から切り替えてやってきたことで、今につながっている気はしています。私の目からも工房がかなり厳しい時期もあったように思いますが、その苦境を技術で乗り切って、今も日々忙しくしている両親や祖父のことは純粋に尊敬しています。


自分が身につけたい、等身大のアクセサリー
ーー工房の中でも朋子さんは主にどの分野を担当されているのでしょうか?
定池:依頼のある仕事はなんでも手伝っていますが、私が主となって担当しているのは「アクセサリー」です。
私自身はもともとそんなにアクセサリーをつけるタイプじゃなかったんですけれど、せっかくつくるなら「自分が身につけたい」と思うものにしたいなと。漆のアクセサリーって、蒔絵が施されていたりと“キラキラした華やかなもの”が多いのですが、個人的にはもっとシンプルなものが好きだなと。様々なシーンやコーディネートに合わせやすいようにと心がけて制作しています。


乾漆ならではの「軽さ」と、漆の「温かみ」
ーー工芸技術を生かしてつくられるアクセサリーは数ありますが、その中でも漆のアクセサリーにはどんな特徴があると思われますか?
定池:「軽さ」は、一つ大きな特徴だと思っています。特に私は乾漆技法(※)を用いてアクセサリーを制作しているので、木地のものよりも軽いんです。なので、うちのブローチをスカーフやニットにつけても、重さで服を痛めることもありません。
そしてもう一つの特徴としては、漆特有の質感や触感など「温かみ」ですね。この質感の「黒」って、アクセサリーでは、なかなかないんですよ。だからなのか、若い男性のお客様が購入してくださることも多いんです。
(※)乾漆…漆と麻布を主な材料として型を作り、漆で麻布を貼り重ねて固め、型から外して素地とする技法。中身が空洞なので仕上がりが軽くなる。


定池:中でもこの小粒のピアスは特に人気で。もともと母が「アメリカンピアス」というチェーンタイプで制作していたシリーズなんですけれど、私自身アメリカンピアスはあまりつけないので、スタッズタイプにしてみたところ、とても好評で。この商品はお店に卸したら卸した分だけ売れる、人気商品になっています。


自分達から直接使い手にアプローチするには?
ーー若い感性を生かして、ご自身でも様々な商品開発もされている中で、今回「マネジメントサポート」に参画いただいたのはどうしてだったのでしょうか?
定池:「自分たちで集客ができていない」ということに、常々課題を感じていたんですね。うちの工房でもホームページを作ったり、SNSや動画配信などにも取り組んではいるのですが、そこから「販売」に繋がることって、ほとんどないんです。
ギャラリーやショップなど、委託で商品を置かせていただいているところでは売れるのですが、「自分たちからのアプローチ」や「集客」が全くできていない。「もっと売っていきたい」という気持ちはあるのですが、何をどうしたらよいのかもわからなくて。

ーーSNSなどが発達した今日では、すでに「作家」と「買い手」が直接繋がる時代になっていて、集客も自在なのかと思っていました。
定池:もちろんそういう方もいらっしゃると思うのですが、うちの場合は全然。SNSなどに投稿したら、皆さん「見て」はくださるんですけれど、そこから「買う」という行動までには、なかなかつながらないものなんだなと。
それに今までは、商品を考えるのも何をするのも「思いつき」だけでやってきていたので、もう少し指針というか、戦略のようなものを立てていけたらなと。

様々な分野の専門家と、マンツーマン相談
ーーマネジメントサポート制度では、「経営/デザイン/情報発信/キュレーション」など、それぞれの分野の専門家9名の中から、計4回無料で相談することができます(※)。定池さんの場合、初回は北島輝一さん(アートフェア東京マネジメントディレクター)とオンラインでお話されたそうですね。
※ただし専門家(マネジメントサポーター)への謝金以外の費用は利用者負担。
定池:はい。商品を置かせていただけるギャラリーをもう少し増やしていけないかと、北島さんには「ギャラリーとのマッチング」についてご相談させていただきました。
ただ、北島さんのご専門はやはり「アート」なので、私たちが思っていた「委託先」としてのギャラリーとの関係性とは、また少し違っていて。
今作っているようなアクセサリーの延長線として、もう少し大きくて単価の高いものであれば「アート」としての流通の可能性もある、とはおしゃっていただけたのですが、現状としては「既存の商品の販路を拡大したい」という思いがあったので。


「作家」と「職人」。ものづくりへのアプローチの違い
ーー「工芸品」と「アート作品」のどちらもつくるハイブリットな制作スタイルを採用される作家さんも多いと思うのですが、アート方向へのアプローチはあまりお考えではなかったのでしょうか?
定池:私自身も、金沢市の工芸展などには出品しているので、それは「アート/作品」といえる分類になるのかもしれませんが、自分の中でアートとして出すことに、まだ納得がいっていないというか。

定池:「職人」と「作家」って、やはり「ものづくりのアプローチの仕方」が全然違うと思うんです。作家さんは「自分の作りたいもの」や「表現したいもの」をつくるけれど、職人は「人から頼まれたもの」をカタチにすることが仕事です。うちはずっと「職人」としてやってきているので、「自分のものをつくる」ということがなかなか難しいというか、切り替えが必要で。
それに、うちは「技術」にこだわりがあります。なので、「漆でなくてもよいもの」や「独自の技術が確立されていないもの」を「アート」として出すことには抵抗があるんです。加えて、アートをつくる上では、もっと「思考」や「コンセプト」の部分を掘り下げていくことが必要になると思います。いろんな意味でも、私はまだまだ「アート化」への準備ができていないというか、今はまだその段階ではないと思っているんです。

自分の立ち位置を「可視化」するということ
ーーなるほど。様々なジャンルの専門家とお話することで「こちらではない」「今はまだ」といった“線引き”もクリアになる効果もあるんですね。そしてその後の3回は、プロダクトマーケティングがご専門の金谷勉さん(※)と面談されていますね。
定池:金谷さんにご相談させていただいたのは、販路開拓や商品開発であったりと「売る」ということにフォーカスをおきたいと思ったからです。金谷さんは「ヒット作」を世に生み出す名手だとうかがっていたので。
(※)金谷勉さん…「有限会社セメントプロデュースデザイン」代表取締役社長。中小企業や町工場など、日本のものづくりの現場からの相談を受け、斬新なアイディアで次々とヒット商品を生み出す。

定池:まず最初に金谷さんからアドバイスしていただいたのが「競合調査をやってみて」ということした。「今自分たちがどのポジションにいるのか」ということを「ポジショニングマップ」や「自社分析/他社分析」を通して明確にしていくんです。エクセルシートで表にしたり、写真を貼り合わせて図にしたり…この作業が意外なほどに楽しくて、自分でも“身になっている感覚”がありました。
そして何より「可視化することの大切さ」を改めて実感したというか。頭の中でただ考えているだけじゃなくて、ちゃんと文字にしたり、図解することで見えてくるものがあって。「この状況で何ができるのか」「自分は何がしたいのか」ということが、段々明確になってきたんです。

「自己分析/他者分析」を通して、「強み」が見えてくる
定池:すると「今の路線で、いけるのではないか」という希望も見えてきたんですね。というのも、想像していた以上に「自分と似た人」がいなかったんですね。漆だけではなく、金工など他のジャンルに広げて分析してみても、通用するように感じました。「漆のアクセサリー」は世の中にたくさんあるんですけど、私がつくっているようなアクセサリーは意外となくて。
私は「角」や「丸み」といった、作品の「エッジ」にこだわりを持っています。それは乾漆だからこそできる表現でもあって、一般的な木地ではこの薄さやエッジは表現しづらいんです。なので金谷さんからも「このカーブやエッジを生かして、何か新しい商品を考えられないか」というアドバイスをいただきました。


もっと「外」に、目を向けてみよう
ーー自分のポジションを可視化することで、「強み」が明確になってきたということですね。その他に何かアドバイスはありましたか?
定池:「もっと外に出たほうがいい」ということは言われました(笑)。私、美術系の大学や漆の学校に通っていたわけでもないので「作家仲間」がいないというか、「横のつながり」が全然ないんですね。普段もずっと工房に籠って作業しているので、ほとんど外にも出ていなくて。
「横のつながりから、グループ展や個展などのお誘いにもつながっていくから」と金谷さんがおっしゃって。また、ギフトショーなど「“バイヤーがくる展示会”に顔を出すこと」と。今まで一度も足を運んだことがなかったのですが、金谷さんの言葉を受けて、今年初めて京都の「工芸ウィーク」に行ってきました。現場に行ってみたら「来年は私も挑戦してみたい」という気持ちが湧いてきて。他にもギャラリーに足を運んだり「もうちょっと外に目を向けてみよう」という気持ちに、今はなってきています。

「代表作」を生み出すまで、突き詰めていきたい
定池:とはいえ、まだ3回しか金谷さんと面談していないので、もうちょっと何か“成果”といえるようなものを私が出せるまで、金谷さんとお話しつづけてみたい。なので今年度もマネジメントサポートに応募しようと思っているんです。金谷さんは普段大人数に対して有料でセミナーを開いておられるような方なので、そんなプロフェッショナルな方とマンツーマンで、かつ相談料が無料というのは、とても贅沢なことだなと改めて感じています。
「『この作品はあの人の作品』と一目でわかるような“代表作”を一つ生み出すことが重要」だと金谷さんはおっしゃっていました。アドバイスをしっかりと吸収して、今年はそこを突き詰めていきたいと思っています。

ーーマネジメントサポートはまだ始まったばかりのサービスです。これからさらに広めていきたいと考えていますが、初年度体験者として、他の作家さんにもおすすめされたいと思いますか?
定池:ぜひおすすめしたいですね。私自身元々はこのサポートを知らなくて、金沢クラフビジネス創造機構さんにお声がけいただいて初めて知ったので。
実際に利用してみてとても心強いサポートだと感じたので、早速知人にも紹介しました。その方も熱心に取り組んでいらっしゃる方で、何かお役に立てばと。あとは、私みたいに引きこもって私みたいに引きこもって「何もしない人」と、いろんなことに頑張りすぎて「迷っている人」、どちらにもマネジメントサポートは有効だと思いますね。
自分や家族で考えているだけではない視点、それも専門家の方の的確なアドバイスで、これまでと違った感覚を獲得できて、私自身なんだか「道筋」が見えてきた感じがしています。1、2回お話するだけでも全然違うと思うので、皆さんにもぜひ活用してもらいたいですね。
(取材:2025年4月)
___________________
<profile>
定池 朋子 Tomoko Sadaike
2000年金沢市生まれ。2019年 金沢商業高校卒業後、ベンチャー企業に就職。2021年に家業の漆工芸に就く。2023年、2024年金沢市工芸展入選。
HP : https://sadaike.com/
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