インタビューvol.19 荒木いちごさん(陶磁作家)×大高亨さん(金沢美術工芸大学工芸科教授)

インタビュー

2024.08.26

今まさに「芽吹く瞬間」に立ち会う

2024年8月3日(土)から9月26日(木)まで「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」では、「金沢から新しい風が、、、Ⅰ(ワン) —金沢美術工芸大学2024年選抜展—」が開催されています。こちらでは金沢美術工芸大学工芸科を今春卒業・修了し、工芸を新たに切り開くことを期待する作家作品が展示されています。今回はディレクターを担当した大高亨さん(金沢美術大学 工芸科教授)と、参加作家の荒木いちごさん(金沢美術工芸大学修士課程在籍中)のインタビューをご紹介。荒木さんは現在、陶磁器の中でも「縁起物」と呼ばれる置物のジャンルの作品を中心に制作されています。学校での学びや縁起物を作るようになった経緯など、お二人の拠点である金沢美術工芸大学にてお話をうかがってきました。

荒木いちごさんと大高亨さん。金沢美術工芸大学の制作スペースにて。

一皮も二皮も剥けていく時期に

ーー展覧会の副題にもあるように「金沢美術工芸大学2024年選抜展」ということで、今回2024年度の卒業生から4名の作家さんが出品されています。

大高:はい。金沢美術工芸大学の工芸科は「漆/金工/染織/陶磁」の4つのコースに分かれていまして、それぞれのジャンルから1名ずつ選出した形です。

ーー今回は代表して荒木いちごさんにお話を伺わせていただきます。荒木さんは現在金沢美術工芸大学の大学院に進まれていて、選出された4人の中で唯一「在学中」の作家さんになるわけですね。

大高:そうです。今まさに在学中ということもあり、これから作品を作りながら一皮も二皮も剥けていく時期ということもあり今回の展覧会の趣旨的にも良いのかなと。
また「工芸」という分野はいろんな切り口がありますし、時代と共に求められるものも当然変わってきます。その中でも荒木さんは「作り手側」から、社会に対しての「アプローチ」や「問いかけ」というものを、制作を通じて行っている作家の一人だと思いますね。

「工芸」というフィールドだからこそ生まれた作品

ーー荒木さんの作品における現代への「問いかけ」とはどんなところだと思いますか?

大高:荒木さんは陶芸の中でも、いわゆる「祝いもの」といわれるものや「郷土玩具」にも属するようなものを制作しています。それは地域の文化や風習・習慣、時代性を尊重するもので、「縁起物」にもなるし「土産物」にもなる。加えて彼女の場合、縁起物を切り口に「アート」として自分なりの表現をしているところが特徴的です。
「験(げん)を担ぐ」というか、人々が「嬉しい気持ち」になるもの。そういうものを「今の暮らしの中」に置いてもらえるものとして提案しているというのも非常に現代的だし、「民衆文化」のようなものを具現化しているところもユニークですよね。こういった作品は「工芸」というフィールドの中だからこそ、生まれてきたものだと思います。

荒木:過分なご紹介をいただき恐縮です(笑)。

「疫病退散」(荒木いちご/2024年)

ーーそれでは改めて、荒木さんのご紹介もかねて金沢美術工芸大学に入学されるまでのご経歴をうかがってもよろしいでしょうか?

荒木:はい。生まれは滋賀県の東近江市で、小学校からは関東の方で過ごしてきました。元々絵が好きで、関東の美術大学に進学しようと思っていたのですが、途中から「工芸」が面白いなと思うようになってきて。金沢は工芸が盛んな土地だと聞いていたので「金沢美術工芸大学」を受験させていただきました。

ーー絵が好きだった荒木さんが「工芸」に惹かれ始めたきっかけはあったのでしょうか?

荒木:具体的な何かがあったわけではないのですが、おそらく生まれも関係しているのかなと。東近江市は山一つ超えれば信楽(しがらき)です。信楽焼のたぬきなどの置物も身近にあって、何気なく目にしていたことも影響しているように感じます。なので「絵を書くこと」が単純に好きだったはずが、いつしか「絵」だけでなく、「用途があるもの」を作りたいなと思うようになっていた、という感じです。

コースの垣根なく育てる「工芸科」

ーー入学当初から「陶芸」の道へ進むことを決めていたのですか?

荒木:いえ、当初は「工芸をやりたい」というだけで、自分には何が合っているのか、何がしたいかも分からない状態で。金沢美術工芸大学では一年目の年が明けるまでは、専攻を決めず4コース全ての基礎を学べるので、この期間に様々な素材に触れるなかで「私は粘土が好きだな」ということがわかってきて。鋳造ができる金工とも迷いましたが、「絵」としての表現もできる「陶磁」が、自分の中ではより自由度が高いように感じられたので選択しました。

ーー大高先生は「染織」のご専門ですが、陶磁コースの荒木さんとの関わりはあったのでしょうか?

大高:うちの大学では「どこのコースの子」ということはあまり関係ないというか、「工芸科の学生」全体として見ている感じです。産学連携での受託数も、学生数あたりでいうと日本で一番受託数が多い大学ということもあり、コースの垣根を超えて生徒と接しています。
また、年に4-5回「研究会」と呼ばれる講評会も開催していまして、他コースの子の作品をじっくり見る機会も多いんですよ。うちは少数精鋭というか、生徒数をかなり絞っている学校なので、コース内ではある意味マンツーマンで指導しているようなものです。するとどうしても「共に悩み、共に考える」という状態になってきがちです。そこでコースの担任としてではなく第三者として客観的に作品を見てもらえる機会があるというのは学生にとってもすごく良いシステムだと思っています。

大高:また「複合素材」という授業で、例えば繊維の生徒が布に漆を塗って造形的なものを制作したりとジャンルの垣根を超えた表現にも挑戦してもらっています。だからこそ色々な表現が生まれてくるのです。
長い工芸の歴史の中でも「新しい表現/新しい切り口」というものをいつも作家は探っていかなければいけないし、その中で自分のしている仕事が歴史的背景や現代においてどこに位置づくのか、どういう価値を持ちうるのかー‥そういったことに意識的である学生を育てるのには、「寄り添う」だけでなく、「客観性」というのも重要で。

荒木:先生のおっしゃる通りで、大学で学ぶメリットの一つが「いろんな方の意見をいただける」「自分だけでは得られない視点を獲得できる」というところだと私も感じています。それが研究会の怖い…いえ、楽しいところですね(笑)。

自分の中のものを、自由に表すことができた「縁起物」

ーー陶芸の中でも「祝いもの/縁起物」と呼ばれるジャンルを主軸にし始めたのはいつごろからですか?

荒木:大学3年の後期になってからですね。それまではずっと陶芸の基礎をやっていましたし、私自身もいろんなことに興味があって。どちらかというと「器」のようなものを作っていました。
ただ卒業制作で何を作ろうかと考えていた時に、実家に帰って改めて目にした「たぬき」にピンときて。

荒木:元々は大学を卒業したら、就職しようと思ってたんです。なので、大学生活の締めくくりとなる卒業制作では「自分の門出のために縁起物を作ろう」と、鯛に乗った恵比寿様を作りました。そしたら思いの外良い作品ができたし、自分なりの手応えもあったんです。
「器」を制作していた時は、「器としての形状」にどこか縛られてしまっていたんですが、置物ではより一層自由に「自分の中にあるもの」を表現できた感覚というか。「このまま4年で終わってしまうのは…もっと続けたい」と思って急遽修士へ進むことに決めました。本当に申込締切のギリギリだったのですが(笑)。

荒木さんの卒業制作

ライバルは、「信楽焼のたぬき」

ーー「オブジェ」を制作するのは最近の工芸のトレンドでもあると思いますが、どちらかというと斜陽になりつつある「置物/縁起物」にあえて目をつけられたのがユニークだなと感じています。

荒木:確かに全盛期に比べると生産量は減っていると思いますが、今でも信楽焼のたぬきは開店祝いなどに贈られたりしていますし、「縁起物にまつわる文化や風習」はなくならないと私は思っていて。
走泥社に代表されるような「オブジェ」もすごく面白いと思うのですけれど、昔からある「工芸の置物」って、作る側もそれを手にとって贈る側も「意味を込めている」というところが興味深いなと思っています。
私は自分の中にあるものだけを具現化したいというよりは、それを受け手の人と共有したい。なので私にとって一番のライバルは、やっぱり「信楽焼のたぬき」なんです(笑)。

ーー「ライバルはたぬき」ってキャッチーですね。たぬきのように、自分の作品を広めていきたいと?

荒木:そうですね。「一点もの」というよりは、ある程度量産していきたいです。自分の縁起物がヒットして、日本各地に置かれたらいいなと思っています。

大高:「量産」できるというのも、工芸の面白いところだと思うんですよね。特に荒木さんの場合は「型起こし」を中心に置物を制作しているので、ある程度同じ形で量産もできるし、同時にその展開として加飾や絵付けなどで一つ一つに現代のトピックのようなものも折り込ませることもできるわけで。
例えば以前コロナ禍に荒木さんが制作していた作品では、ダルマにマスクをさせていましたよね。で、コロナ明けにはそのマスクを外せば見えていなかった表情が見えてくるー‥とかね。こういったコミュニケーションの余地があるのも、一点ものにも大量生産にもない工芸ならではの面白みだと思います。

荒木さんは「型起こし」で置物の素地を制作している

使い続ける中で変わっていくもの
コミュニケーションがとれるもの

荒木:そもそも私が「工芸」をやりたいと思ったルーツに「信楽焼のたぬき」はもちろん、「とびたくん」の存在があるんです。「とびたくん」は滋賀県東近江市発祥の「飛び出し注意」を喚起する男の子をモチーフにした看板なんですけれど、私的には「これも工芸だな」と思っていて。大きな括りで使用用途があって、意味が込められているもの、という意味では。

滋賀県東近江市発祥の「とびたくん」

大高:「とびたくんも工芸の一つ」と捉える発想はすごく面白いなぁ。確かにあの看板には地域性がありますよね。かつ長年デザインも変わらずに愛されているけれど、使用する中でペンキが禿げてきたら地元の人が塗り直したりして新たな装飾が加えられていたりするのも良いですよね。「使い続ける中で変わっていく」そして「ものを介してコミュニケーションがとれる」というのは、工芸の中でも重要な部分なのかなと。

現代に「焼き直す」という仕事

ーー荒木さんは絵付けのモチーフに、「浮世絵」や「大津絵(※)」も取り入れられていますね。大津絵も滋賀のものですが、やはり生まれ育った地域の影響は大きいのでしょうか。

※大津絵…​​江戸時代初期から近江(滋賀県)の大谷・追分あたりで描かれていた民画。仏画にはじまり、日常を描く風俗画やユーモアあふれる戯画などの要素も取り入れ、独自の発展を遂げた。

荒木:そうなんです。江戸時代のちょっとデフォルメされた感じの絵や模様が私は好きで。先ほどお話した信楽焼のたぬきといい、やはり知らず知らずのうちに生まれた環境が自分のルーツになっているのかもしれません。

大高:滋賀って、お隣が京都だからちょっと影になっているかもしれないけれど、元々工芸が盛んな地ですからね。染織でいうと「大津袋」という棗を包む袋があるんですけれど、これも今新たにデザインされて注目されていたりします。そういう意味でも「焼き直し」ができるのも、工芸の面白いところだなと。「過去の仕事」をもう一度現代に焼き直す‥。荒木さんの仕事にはそういった意義もあるんじゃないかな。

江戸時代の絵画からモチーフを得ることが多い

ーー荒木さんは今後どんな「現代の縁起物」を作っていきたいと思いますか?

荒木:そうですね、縁起物って互いの「共通認識」がある程度ないと成立しないものですよね。例えば私は名前が「いちご」なので「いちごは縁起がいい」と私一人が思っていても仕方ないわけで。そういう意味で、縁起物とコミュニケーションは切っても切れない関係なのだと思います。 
今は既知の共通認識があるモチーフを自分なりの要素を付け加えて「作り直している」感じです。ちなみに最新作で、「地震除け」の願いを込めて「ナマズ」をモチーフとして制作しました。残念ながらこちらは今回の「銀座の金沢」の展示には間に合わなかったのですが。 
でもきっとまだ私が気づいていないだけで、「皆がおめでたいと感じるもの」かつ「現代ならではのもの」があると思うんです。そういうものをいつか、自分の手で作り出してみたいですね。

「鯰が大地震を起す」という昔話を現代風にアレンジ

ーーそれでは最後に大高先生から今回の展覧会をご覧いただく皆様にメッセージをお願いします。

大高:そうですね。金沢の工芸を広く紹介する「銀座の金沢」での展覧会の中でも、うちはやはり大学機関です。卯辰山工芸工房の研修生さんとも、独立した作家さんともまたフェーズが異なります。学びながら、そして迷い・試行錯誤しながらものを作っている。そういった時期特有の“思考の揺らぎ”や、今まさに“芽吹こうとしている瞬間”が見られる、というのも本展における楽しみでもあると思っています。

また、工芸は何と言っても「素材ありき」なので、モニター越しで見るのと実物を間近で見るのとでは全く違います。ぜひ展覧会に足を運んでいただき、直に彼女たちの“今”をご覧になっていただきたいですね。

(取材:2024年7月)

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荒木いちご Ichigo Araki

1995年  滋賀県東近江市生まれ 
2023年3月 金沢美術工芸大学 工芸科陶磁コース 卒業
2023年4月 金沢美術工芸大学 大学院 工芸科陶磁コース 入学
Instagram: https://www.instagram.com/ichi_arara/

大高亨 Ohtaka Tohru

秋田市生まれ
1988 武蔵野美術大学 工芸工業デザイン科卒業。 テキスタイルデザイナーとして ㈱川島織物入社。
1997(株)川島織物退社、フリーランスデザイナーとして京都にテキスタイルデザイン事務所「T.O.TEX.STUDIO」を設立。
1997~2001(株)DUAL「ソウル・韓国」顧問デザイナー
1998〜2010 川島テキスタイルスクール 非常勤講師
2004~2005 丸服(株)顧問
2004~2005 林テレンプ(株) デザイン顧問
1999~2012 京都造形芸術大学・美術・工芸学科染織テキスタイルコース 准教授 を経て
現在 金沢美術工芸大学 工芸科 教授
HP:https://www.to-tex.net/

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