インタビュー vol.35_上關瑞華さん(染色作家)
インタビュー
2026.05.27
迷い揺れながらつくり続ける先で出会う、美しい模様
【目 次】
・「作家をやるにしても諦めるにしても、
卯辰山を見てから決めた方がいい」
・技法は伝統的だからこそ「絵柄勝負」
・「アート」と「工芸」の間を揺れながら
・自分にとっての「神」の理想像
・人間国宝や職人と出会える街
作家として活躍する研修生
・手を動かし、自問自答を重ねながら
・完全な「神」ではなく、不完全な「自分」の理想像として
・「手段として使うだけ」ではなく
「染色」を大切にしたい
・「絵画」ではなく「模様」であること
・ものとしての完成度、素材を扱う責任
2026年5月29日(金)から「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」にて開催される「金沢卯辰山工芸工房-表現と素材-」展。こちらでは金沢21世紀美術館で行われた金沢卯辰山工芸工房研修者作品展にて工房賞を受賞した作品を中心に紹介します。今回は出展作家の一人、上關瑞華(わせきみずか)さんへのインタビューです。 上關さんは伝統的な友禅の技法を用いて、現代的な紋様を描き出す染色作家。シンメトリーに展開されるその図柄は、神聖さや禍々しさーまるで深層心理に訴えかけてくるような特有の迫力をまとっています。今回は染色の道に入ったきっかけや、現在の作風に辿り着くまでの道程などをうかがってきました。


「作家をやるにしても諦めるにしても、
卯辰山を見てから決めた方がいい」
──今回「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢」で開催されるのは、金沢卯辰山工芸工房の研修者の展示です。上關さんご自身は、なぜ金沢卯辰山工芸工房に入所されたのでしょうか?
上關:ゼミの先生であり、金沢卯辰山工芸工房出身の安達大悟先生に「作家をやるにしても、諦めるにしても、卯辰山を見てから決めた方がいい」とアドバイスをいただいたことがきっかけです。
私自身、大学院を出た後ももう少し勉強したい気持ちと、自分の“立ち位置”を工芸が盛んな土地で確認してみたいという思いがあったので志願させていただきました。まさか自分が受かるとは思ってなかったので合格できてすごく嬉しかったですね。

──「作家をやるにしても、諦めるにしても」。金沢卯辰山工芸工房は、作家を志す人にとっての“試金石”のような場でもあるのですね。ではそもそも染色作家を志すようになったところからうかがわせてください。
上關:きっかけは何気ないことで、高校生の時に美術の授業で京都の染色職人さんのドキュメンタリーを観たんです。その姿に「すごいな、かっこいいな」と思うと同時に、職人の世界に憧れを抱いていた時期が昔あったことをハッと思い出して。この時から「染色を学んでみたい」と考えるようになりました。
けれど、それまでは田舎の価値観というか「普通に大学に行って就職するものだ」としか考えていなかったので、美術予備校にも一切通っていませんでした。デッサン力には周囲とかなりの差があったと思います。幸い、東北芸術工科大学は多様な受験方式を採用していたので、デッサンだけでなく筆記試験との合わせ技でなんとか入学できました。

技法は伝統的だからこそ「絵柄勝負」
上關:大学に入り染色について学ぶ中で特に惹かれたのが、現在用いている技法である「友禅」です。私の作品は、糸目糊で輪郭線を描き、ぼかしをつけて染めています。技法的には「伝統的なことしかやってない」からこそ、絵柄勝負という気持ちで臨んでいます。
──友禅のどんなところに惹かれたのでしょう?
上關:糊置きをして防染した中に、色がスッと入っていく。うまく言葉にできないのですが、この工程がすごく好きで、単純に「やってみたい」と思いました。
輪郭線もはっきりと出るので、染色の中でも「細かい表現」かつ「思った通りの表現」ができるのが友禅の特徴だと思っています。ただ、「絵の具で絵を描く」のとは工程や手間が全く違うので、とにかく時間がかかる。友禅をやっていると時間があっという間に過ぎていって、特に大学院の2年間は“秒”で過ぎ去った感覚です。

──大学院でも安達大悟先生のゼミに所属されていますね。
上關:はい。安達先生には学部の頃から大学院まで6年間指導していただきました。前述のように、私は大学に入るまで「作品をつくる」という経験を全くしてこなかったので、美術に対する考え方も固まっておらず、どう作品をつくりあげていけばいいのか、よく迷って手が止まっていました。その度に先生は的確なアドバイスを下さって。なので今でも「先生だったらどう答えるだろう」と、“イマジナリー安達先生”に頭の中で相談することがあります(笑)。

「アート」と「工芸」の間を揺れながら
上關:東北芸術工科大学の美術科には「現代美術」を学ぶ学生もいて、彼女たちは「社会にどう還元できるか」ということを見据えて作品制作に取り組んでいました。そんな姿を間近でみていると「自分の作品の存在意義」が見いだせなくなったことも。自分は何を表現したいのか、何のためにつくっているのだろうかと。
とはいえ、私は工芸領域に身を置いているので、コンセプトだけでなく「ものとしての完成度」がなければ成立せず、“頭でっかち”になりすぎるのもまた違う…と、学部生の頃はだいぶブレブレだったように思います(笑)。
──なるほど。「工芸」と「アート」のインジケーターの間を振れていた時期なんですね。
上關:一番苦しかったのが卒業制作の頃でした。この時はイメージ先行で制作していて、テーマは後から考えるといった順で。結果的に作品が曼荼羅のような構図に仕上がったのは、私の実家が禅宗系の寺院で、幼い頃から仏教的なものに触れてきた影響が関係しているであろうということまでは分かっても、それもうまく言語化できない。「このままの状態で、独り立ちはとても無理だ」と感じ、もう少し考えを深めるために大学院へ進学しました。

自分にとっての「神」の理想像
──ご実家がお寺なんですね。上關さんの現在の作品から受ける印象が、何だか納得できた気がします。
上關:といっても、「仏教」など何か特定の宗教をテーマにしているわけではないんです。私は昔から超越的な存在である、広い意味での“神”の存在を信じてきました。「善⾏を重ねれば救われて、悪は裁きを受けるべき」といった価値観が根底にあり、「神は私たちのことをいつも⾒ている」と。
そこで大学院の修了制作では、⾃分にとっての「理想の神の姿」を表現することを試みました。「見られている」ということをテーマに「目」をモチーフとして模様を展開しています。大学から迷いながら制作を続けてきた中で、やっと“ひとつ形にできた”と思えたのがこの修了制作でした。

人間国宝や職人と出会える街
作家として活躍する研修生
──大学院卒業後、安達先生のアドバイスがあって金沢卯辰山工芸工房に入所されたとのことですが、実際入所してみていかがでしたか?
上關:まず入所式に、人間国宝である中川衛先生がいらっしゃったんですね。山形にいた時は工芸に携わる人に出会うことも少なく、ましてや「人間国宝」なんて雲の上の存在でしたから、初っ端から衝撃を受けまして(笑)。その後にも、染色の人間国宝の方が金沢美術工芸大学にいらした際に聴講させていただいたりと、「人間国宝と日常で会える」という環境にまず驚きました。
また、金沢では加賀友禅の職人さんと交流できる機会も。元々私は職人の世界に憧れてこの道に進んだこともありとても嬉しくて、「作家」とはまた違う考え方に触れられるのも勉強になります。そして市民の方々がこれだけ工芸に関心を寄せてくださっている街は他にないと思うので、「金沢に来られてよかった」と心から思っていますね。


上關:同時に、金沢卯辰山工芸工房の研修生の中にはすでに「作家」として活動されている方も多いので、焦る気持ちもありました。けれど、「ここは研究機関であり、今後独り立ちするための準備期間」と自分の中で割り切って。技法と作風を探求することに、今は集中するようにしています。この先を考えても、1日の全ての時間を制作やそのための思考に充てられる期間は、本当に貴重だと思うので。

手を動かし、自問自答を重ねながら
──卯辰山では、どのように作風を展開されてきたのでしょうか?
上關:大学時代は、先生方はじめ「人に話を聞いてもらう」という作業を重ねながら自分の考えを客観視できていたところがあるのですが、「作家」になる以上、その作業をある程度自分自身でできるようにならないといけません。なので、今は自問自答しながら制作しています。
──自問自答。それはどのように?
上關:私は「文字に書き出す」ということをしています。頭の中だけで考えていても、自分は思考を深めていけないことがよくわかって。例えば「何が疑問なのか」「何に詰まっているのか」を、直感でいいのでひたすら言葉にして書き出し、後から見直しながら考えたり。あとは、デザインをしながらふと思いついたことを横に書き記しておく、ということもしますね。
手を動かしていると、パッと言葉が浮かんだり、それまで説明がつかなかったことが繋がることがよくあるんです。なので今は「頭で考えること」と、「手を動かして制作すること」の両方から作品が生まれている気がしています。


完全な「神」ではなく、不完全な「自分」の理想像として
──その結果、何か作風に変化は生まれましたか?
上關:そうですね。これまでは「神」を表現したいと思って制作してきましたが、この考えは“他⼒本願”ともいえるのではないかと感じるようになったんです。
戦争や犯罪・社会問題など、世の中には理不尽な出来事が溢れています。けれど、“救い”はなかなか訪れない。自分の無力感に苛まれながらも、「ただ待つ」ということが耐え難く感じるようになりました。そこで“救世主的な神”に頼るよりも「⾃分⾃⾝がそんな⼒を持ちたい」と、強く願うようになったんです。
なので今は骨や内臓・筋肉といった「人体のパーツ」をモチーフとして「自分自身の理想像」を描く気持ちで制作しています。

──完全な「神」ではなく、不完全な「自分」を理想化する、という風に考えが変わってきたんですね。
上關:そうですね。私は作品を作ることで、自分自身の「生きていく価値観」を深めているところがあるんです。それによって考え方も変わり、作品もまた変わっていく。一貫性がないといえるのかもしれませんが、「変わっていく」ということを私は肯定したい。その中で現れてくる「美しい模様」に出会うために、つくり続けていきたいと私は思っているんです。

「手段として使うだけ」ではなく
「染色」を大切にしたい
──伝統的な友禅の技法で、「人体」など生々しいモチーフを描くという点も面白いですね。
上關:友禅では植物や風景など、花鳥風月をモチーフに描かれることが多いです。精緻な技術で自然を鮮やかに切り取る世界にリスペクトを感じると同時に、ある意味「見慣れたモチーフ」になってしまっているのではないかとも感じていました。そこで伝統的な友禅の技術はそのままに、何か斬新な絵柄を描けないかと考えたことも、きっかけとしてあります。
私は「染色」そして「友禅」を用いて制作させていただいている以上、微力であれこの分野に貢献したいという気持ちがあるんです。「自分が表現したいことが表現できれば素材や技法は何でもいい」というスタンスもあると思いますが、私は「手段として使う」だけでなく、染色や工芸というカテゴリーを大事にしたい。そしてその中で、表現を深めていきたいと考えています。なので作品も「絵画」ではなく、あくまで「染色布」であるために、染め方や構成には気を配っています。


「絵画」ではなく「模様」であること
──「絵画」ではなく「染色布」。その違いはどこにあるとお感じですか。
上關:例えば「ぼかし彩色」を多用し陰影を全面につけすぎると、画面全体の立体感や写実性が強まり、模様というより絵画的な印象に近づくと感じています。そうならないために「ベタ」の配置やバランスを考えて、あくまでも「絵画」ではなく「模様」として捉えてもらえる線引きを狙っています。
──確かに模様的であることで、見る人が自由にそこに何かを見出せる“余地”が、上關さんの作品にはあるように感じます。
上關:私は「人体」として描いていますが、そこに何を見ていただいてもいいんです。「海洋生物」や「蝶・植物」「宇宙外生命体」など、様々な感想もいただきます。皆さんの心象が重ねられるような模様であれたら嬉しいです。

──2026年3月には「アートフェア東京」にも、金沢卯辰山工芸工房のブースから出品されていますが、いかがでしたか?
上關:私は工芸の中でも、アートピースを中心としてやっていきたいと考えているので、すごく勉強になりました。友禅は“平面作品”なので、絵画などファインアートからも、すごく刺激を受けました。振り返ってみれば、金沢卯辰山工芸工房に入ってからは「工芸」ばかりに集中しすぎて、自分自身ファインアートから離れてしまっていたことに気がついて。金沢には金沢21世紀美術館やギャラリーなど、現代アートに触れる機会がたくさんあるので、もっと積極的に見ていこうと思いました。


ものとしての完成度、素材を扱う責任
上關:そして「ものとしての完成度」を追求していきたいと改めて感じました。「仕上げの完成度」というか「見せ方」というか、私にはまだまだそこが足りないなと。
例えば、制作した染色布を魅力的に見せるための「しつらえ」。タペストリーにするなら棒や紐はどうするのか、そしてそれらは漆で仕上げるのか。金沢にはいろんな分野の職人さんがいらっしゃいますし、金沢卯辰山工芸工房の中にも様々な素材を扱う作家がいます。恵まれた環境にあるので、みなさんのお知恵を拝借しながら「見せ方」の質にもこだわっていきたいと思っています。
──「表現」だけでなく、「ものとしての完成度」ですね。
上關:やはり「工芸」が一線を画す要素の一つとして「仕上げの方法を知っている」ということがあると、先生から教わって。染色でいえば「染めっぱなし」ではなく、その後に一手間かけて適切な処理を施すことで、色落ちなどを防ぎ、長く耐え得るものになる。それが「素材を扱う責任」なのだと、私自身肝に銘じている言葉です。

──今年で研修も2年目に入られました。「作家をやるにしても諦めるにしても」と言われてやってきた金沢卯辰山工芸工房で、現在はどんな心境ですか?
上關:「やっぱりこの道でやっていきたい」という想いを強くしています。あとは、本当に自分の頑張り次第だなと。
展示などにも積極的に挑戦していきたいのですが、友禅はできるまでに時間がかかるので、作品数がたまる頃には、もう過去作に納得できなくなっていて…。発表のタイミングが難しいのも悩みの一つです(笑)。1ヶ月が一瞬で過ぎていくので、今はとにかく、時間が惜しいです。
(取材:2026年4月)
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Profile
上關 瑞華 Mizuka Waseki
2000年 岩⼿県⽣まれ。2023年 東北芸術⼯科⼤学 芸術学部 美術科 テキスタイルコース 卒業。2025年 東北芸術⼯科⼤学大学院 修⼠課程 芸術⽂化専攻 ⼯芸研究領域 修了。2025- ⾦沢卯⾠⼭⼯芸⼯房 ⼊所。2025年 第39回⽯川の現代⼯芸展⼤賞受賞。
Instagram:https://www.instagram.com/waseki_mizuka/
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