インタビューvol.37_目細勇治さん(目細八郎兵衛商店 第20代当主)

インタビュー

2026.07.28

工芸の広い裾野があってこそ、伝統工芸も栄える

【目次】
・天正3年に「針専門店」として創業
・藩主から名を頂戴した「めぼそ針」
・武士が針を曲げて手製した「加賀毛針」
・鮎釣りは、密かな“武士の鍛錬”
・加賀毛針のパートナー「加賀竿」
・時代の変化に合わせて、業態も変えながら
・加賀毛針の美しさに、鮎も“釣られて”…?
・“初心者”にこそ、実はおすすめな「毛針釣り」
・絶え間なく変化を続けながら、技術を守る

2026年7月29日から8月9日まで「金沢・クラフト広坂」で開催される『金沢希少伝統工芸の技展』。希少伝統工芸とは、後継者不足や技術継承の難しさから生産量は極めて少ないものの、藩政時代からの高度な技法を今に受け継ぐ伝統工芸品のことで、金沢に現在20業種ほどあります。
今回はその一つである「加賀毛針」を手がける、「目細八郎兵衛商店」第20代当主・目細勇治さんへのインタビュー。同店の歩みや加賀毛針の特徴、そして工芸全体を支えていこうとする活動について、お話を伺いました。

「目細八郎兵衛商店」第20代当主・目細勇治さん
金沢市安江町にある「目細八郎兵衛商店」店舗にて

金沢市安江町に店舗を構える、天正3年(1575年)創業の「目細八郎兵衛商店」。取材に訪れた日も、年配の男性客が新たな毛針を買い求める姿がありました。加賀毛針は「眺める伝統工芸品」ではなく「実用の品」として、今もこの地で息づいています。

期せずしてこの日は、石川県内の河川における鮎釣り解禁日。「私も今朝行ってきました。ちょっと寝坊してしまって、出遅れたのですが」。そう笑うのは、「目細八郎兵衛商店」第20代当主の目細勇治さん。自らも毛針釣りの名人で、見せていただいたスマートフォンには、艶やかに輝く美しい鮎がずらりと並んでいました。

受け継がれてきた看板や棚が、空間に味わいを与えている店内

加賀毛針は、江戸時代に加賀藩士のたしなみとして発展した“鮎釣り専用”の針で、大きさは僅か1cmほど。鳥の羽毛や金糸などを極細の絹糸で巻き付け、漆や金箔も施されて完成する、まさに極小の芸術品です。

1cmほどの大きさの加賀毛針(画像提供:目細八郎兵衛商店)

天正3年に「針専門店」として創業

ーーまずは「目細八郎兵衛商店」の創業の歴史からお聞かせいただけますでしょうか。

目細さん(以下目細):はい。当店は「針」の製造販売から始まっています。先祖は京都から金沢に入ったと伝わっていて、加賀前田家が城下町を開く以前の1575年から、針屋を営んでいました。

当時、針は裁縫だけでなく、畳や蓑笠(みのかさ)、船の帆や革物、本の製本まで、あらゆる仕事に使われていました。だからこそ、うちのような「針専門店」が成り立っていたのです。

江戸時代の目細八郎兵衛商店の様子
畳づくりに用いられる、15cm近い長さの「畳針」

藩主から名を頂戴した「めぼそ針」

目細:お城の中でも、「針仕事」は当然たくさんあるわけです。江戸時代の初期はまだ戦もありましたから、鎧などの武具をつくるのに特殊な針も必要でした。そこで長年うちからお城に針を納めていました。

そんな中、うちの先祖が「糸が通しやすいように」と、目度(めど)と呼ばれる針穴の部分が細長いものをつくったんです。それを5代藩主・前田綱紀公が気に入ってくださり「これは目穴が細くて使いやすい針だ」ということで、「めぼそ針」という名を頂戴したと言われています。

糸を通す穴である「目度」。この楕円形になる以前は丸く抜かれていたそう
現在も、様々な種類の針が販売されています。縫い針だけでも30種類以上あるそう

ーー細長い針穴は、今ではお馴染みの形状だと思うのですが、当時は画期的だったということでしょうか。

目細:それまで、針の穴は「丸」だったんですよ。釘のようなもので打って開けていたためだと思われます。
そしてこの話を裏付けるのが、こちらの看板です。鑑定でも加賀藩に仕えた書家・佐々木志津磨(しずま)の筆跡で間違いないということが証明されています。「ほんけめぼそはり、うりこでみせ仕らず候」とある。つまり「めぼそ針はここでしか買えませんよ」という意味ですね。

代々受け継がれてきた店看板

武士が針を曲げて手製した「加賀毛針」

ーーそれは大変名誉なことですね。ちなみに針専門店だった目細八郎兵衛商店が「加賀毛針」をつくるようになったのには、どのような経緯があるのでしょうか?

目細:加賀毛針はうちが考案したものではなく、元々「武士」がつくっていたものなんです。江戸時代中期になると戦もなくなり、平和な世になりました。すると、武士の手も空くわけです。そんな時に、うちの針が近くにあったんでしょうね。針を曲げて、自分たちで釣り針をつくっていた。そこに鳥の毛を巻いてできたのが「加賀毛針」なんです。

鮎釣りは、密かな“武士の鍛錬”

ーー元々は武士が考案したものだったんですね。

目細:この「武士が」というところにも、意味があるんです。加賀藩は江戸幕府に並ぶほどの財力を持つ外様大名として、常に目を付けられていましたよね。とは言え、いつ何があるかは分からないので、武芸の鍛錬は続けなければならない。そんな中、“隠れた武芸鍛錬”として行われていたのが、毛針による釣りだったと言われています。

店内に資料として飾られていた、江戸時代の鮎釣りの様子

ーー「釣り」が武芸の鍛錬になるのでしょうか?

目細:ええ。まず当時は護岸工事もなされていませんから、大きな岩がゴロゴロとある川辺を歩くだけでも、足腰が鍛えられます。
加えて、加賀毛針とともに鮎釣りに使われてきた「加賀竿」というものがあります。鮎釣りは、鮎のいる岩場の真上から毛針を落とす必要があるため、かなり長さが必要になる。今でこそカーボン製の竿がありますが、当時は竹製ですから、それだけの長さを確保しようとすると、相当な重さになります。この長い竿を上下に動かして鮎を引き寄せる動作で、腕も鍛えられるというわけです。

加賀竿の使い方を再現いただきました

加賀毛針のパートナー「加賀竿」

ーー確かにこうして見ていると、刀を振る所作にも近いような気がします。のどかな光景に見せかけて、武芸鍛錬もしていたとは。

目細:ちなみに、この加賀竿もつくり手が減少し、金沢の希少伝統工芸に指定されています。竹竿は他の産地にもありますが、加賀竿は美しい漆の装飾や、継ぎ部分のなめらかさなどが特徴と言えると思います。

ーー同じく鮎釣りに用いられてきた加賀毛針と加賀竿は、名パートナーなんですね。どちらも堅牢な機能美を感じます。

店内の一角で販売されている加賀竿。近年では鮎釣り以外の竿も
つくりの精巧さから、竿を収める動きもスムーズ

時代の変化に合わせて、業態も変えながら

ーーところで、もともと武士が手製していた毛針を、目細八郎兵衛商店でつくるようになったのは、どのような経緯だったのでしょうか。

目細:江戸時代まで、川釣りは武士にしか許されていませんでした。けれど幕府が倒れ明治に入ると、一般の人も川で釣りができるようになり、毛針の需要がぐんと増えていきます。一方で、針の方はミシンなどの台頭によって、だんだん売れなくなってきた。そこで、うちも明治の頃から毛針をつくるようになったんです。

店内で販売されている加賀毛針。「円転」「有頂天」などの商品名が
1890年の「第3回内国勧業博覧会」にて褒状を受賞。加賀毛針の品質と名声が広く全国に伝わるきっかけに

ーー他の地域にも毛針がある中で「加賀毛針」の特徴はどんなところなのでしょう。

目細:まず釣り針に「返し※」がないことでしょうか。これは縫い針をそのまま曲げてつくっていた名残が今に続くものです。あとは、他地域に比べても小さい。糸を巻き、紋様を描く部分もキュッと詰まっていて、その緻密な技術も特徴だと思います。

※返し…一度魚の口に刺さった際に抜けにくくなるよう設けられる、針先近くにある逆向きの小さなトゲ。

ーー糸で巻きつけて作られているのですね。

目細:そうですね。キラキラ光る部分も、昔はラメ糸やセロファンといった人工物もありませんから、着物に用いる錦糸などを使ってつくられていました。巻き付けた糸は最後に縛って漆で玉を作り、金箔を施して留めます。なので、今も接着剤などは使用していません。基本的に、明治の頃から変わらないつくり方をしています。

ーー錦糸に漆、金箔。いろんな工芸の技も詰まっていて、なんとも贅沢ですね。

ーー昔の毛針見本を眺めていると、「兼六」「村雨」「曙」「入道」「日本一」……。風情ある名前から、ウィットの効いたものまであって面白いですね。

目細:当時の時代背景などから名前が付けられているものもありますね。1200種類以上あって、今も様式として受け継がれているものもあれば、消えていったものもあります。ちなみに最新作名は「エクセレント」です(笑)。

歴代の加賀毛針が収められた箱は、ジュエリーボックスのような美しさ

加賀毛針の美しさに、鮎も“釣られて”…?

ーーそれにしても、鮎を釣るために、どうしてこれだけ種類があるのでしょう?数種類あれば十分にも思えますが。

目細:やはり、針を変えると釣れたりするんですよ。水の濁り具合や水温、生育状況などによっても、鮎が反応する針は変わります。

けれど、鮎の習性は、いまだに分かっていないことの方が多いんです。そもそも鮎は、岩の周りの「苔」を食べる魚です。だから鮎釣りでは、鮎同士に岩場の縄張り争いをさせて釣る「友釣り(※)」がよく用いられます。本来、虫を食べないはずの鮎が、虫に似せた擬似針で釣れるのはなぜなのか……。そこはまだ解明されていないんです。

※友釣り…生きた鮎に鼻環をつけ、おとりとして泳がせて釣る日本発祥の伝統的なアユ釣り技法。

ーー現代でも、なぜ毛針で鮎が釣れるのか分かっていないと。

目細:科学的に証明されているわけではないのですが、一説では、鮎には「手」がないからだともいわれています。もし目の前にキラッと光るものがあったら、人間なら気になって手を伸ばして触れますよね。けれど手がない鮎は、その仕草を「口」でやっているんじゃないかと。鮎は好奇心が強い魚ともいわれていますから。

ーー輝く美しいものが気になってパクッと……。何だか可愛い説ですね。今でも金沢では毛針を用いて鮎釣りをされる方が多いのでしょうか?

目細:今では半々くらいですね。昔は圧倒的に毛針が多かったんですが、段々と減ってきて。使っている方も年配の方が多いので、若い方にはなかなか広まっていないという現状です。でも毛針って簡単なので、本当は鮎釣り初心者の方にこそおすすめだと思うんですけどね。

まちなかを流れる犀川や浅野川でも鮎がよく釣れる(画像提供:金沢市)

“初心者”にこそ、実はおすすめな「毛針釣り」

ーー毛針は金額的に高価なものなのでしょうか?

目細:安いものだと、2本入りで千円程度ですし、高いのでも1本千円くらいですかね。糸が切れたりしない限りはずっと使えます。ただ、一本だけだと鮎が反応しなかったときに心許ないので、3種類くらい持っておくといいと思います。

ーー「伝統工芸品」といえど、意外と手頃なのですね。生きた鮎をおとりに使ったり、虫などを餌にして釣るよりはずっと女性にも始めやすそうです。

目細:川で釣りをする場合は「遊漁券」の事前購入が必要ですが、女性の場合はそれも無料ですからね。ちなみに30歳以下の方も無料なので、お子さんも無料です。何より、釣りたての鮎はすごく美味しいですから、ぜひ味わっていただきたいですね

遊漁券は目細八郎兵衛商店でも購入可能なのでお尋ねください

絶え間なく変化を続けながら、技術を守る

ーー加賀毛針だけでなく、近年ではその技術を応用したピアスやブローチなども製造販売されています。

目細:アクセサリー類を作り出したのは、もう30年くらい前ですかね。ブラックバス釣りが流行した時に、専用に大きな擬似針を作って、店頭に置いておいたんです。するとそれを見た女性のお客様が「これをブローチにしてほしい」とおっしゃった。それがきっかけとなり、以来、ピアスやネクタイピンなどもつくり始めました。

加賀毛針にも用いられる鳥の毛でつくるコサージュ
こちらはピアス

ーー同時に、目細八郎兵衛商店の“原点”である「針」も大事にされていて、現代の生活に合わせた企画商品が話題を呼んでいます。

目細:こちらは地元の工芸や作家さんとコラボレーションして制作しています。「裁縫」というものが暮らしから縁遠くなった現代でも、手元に置きたくなるような裁縫箱や、まち針のモチーフを考えて、楽しんで使っていただけるものを、作家さんたちと一緒に考えながらつくっています。

ちょっとした針仕事や贈り物にも重宝する「ちいさな裁縫セット」
和菓子やおでん、加賀野菜など、金沢の名物をモチーフにした針刺しとまちばりのセット。ひとつひとつ作家さんの手作り

ーーそれでは最後に。自店の商品をアップデートするだけでなく、工芸のセレクトショップ「御細工所」や、ギャラリー「しらいと」の運営もされて、若手工芸作家の支援も積極的に行われています。そこにはどんな想いがあるのでしょうか?

目細:やはり、「加賀毛針」という工芸に携わる者として、他の工芸も一緒になって県内外へ広めていきたいという想いでしょうか。

私たちのように「伝統工芸」に指定されていなくても、金沢には工芸のつくり手さんがたくさんいらっしゃる。そのことをもっと知っていただきたいんです。そして、そういったつくり手さんがたくさんいる裾野の広い街だからこそ、伝統工芸も盛んになる。私はそう思っています。

金沢エムザ1Fにある「御細工所」。自社製品だけでなく、若手作家の品も販売
金沢市彦三町にある「ギャラリーしらいと」。地元の若手作家の個展を中心に、卒業展覧会なども開催されている

(以上インタビュー)

「工芸のつくり手がたくさんいる街だからこそ、伝統工芸も成り立つ」。目細さんのお話から、工芸は互いに関連し合って成り立つ、広い裾野を持つ生態系のようなものなのだと改めて感じました。

2026年7月29日(水)から8月9(日)まで、金沢・クラフト広坂で開催される『金沢希少伝統工芸の技展』でも、目細八郎兵衛商店をはじめ、さまざまな工芸の技に出会うことができます。こちらもぜひお立ち寄りください。

<Profile>
目細 勇治 Yuji Meboso
天正3年(1575年)創業の金沢の老舗「目細八郎兵衛商店」の20代目当主。400年以上の長きにわたり受け継がれてきた伝統の「めぼそ針」や「加賀毛針」の製造技術を守りつつ、現代のライフスタイルに合わせた新しいものづくりを展開。

目細八郎兵衛商店
住所:石川県金沢市安江町11-35
HP:https://meboso.shop-pro.jp/

ーーーーーー

金沢・クラフト広坂リニューアル20周年記念
「金沢希少伝統工芸の技展」

開催場所:「金沢・クラフト広坂」2F (金沢市広坂1-2-25)
開催期間:2026年7月29日(水)~8月9日(日)
開催時間:11:00~17:00(最終日は16:00まで) 定休日:8月3日(月)
出展作家名:加賀象嵌:中川衛・加澤美照工房・坂井貂聖/砂張:三代魚住為楽・魚住安信/加賀毛針:目細八郎兵衛商店/加賀竿:中村滋/加賀繍:石川県加賀刺繍協同組合/加賀水引:津田水引折型/金沢和傘:松田和傘店/桐工芸:岩本清商店/竹工芸:榎本千冬/茶の湯釜:十五代宮﨑寒雉/二俣和紙:齊藤博/加賀提灯:故 八田護/琴:琴三絃野田屋/三絃:福嶋三絃店/大樋焼:十一代大樋長左衛門/郷土玩具:中島めんや/加賀手まり:松下良子/加賀お細工物:光谷慶子・須田頼子

WEB:https://www.crafts-hirosaka.jp/event/001580

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